目を覚ますと、勇者がいた。
目を覚ますと、勇者がいた。
――んん? いや私、日本出身で勇者なんて見たこともないんだけど、どうして目の前にいる少年が勇者だって一目で分かったのかな? 状況的に? いや状況ってなんだ?
私はあたりを見回した。
ひび割れた壁に、割れたシャンデリア。床は、黒っぽい大理石でできている。そしてその大理石には、ところどころに穴が開いていた。まるで、ついさっきまでこの空間が戦場だったかのような有様だ。
その雰囲気はまさに廃墟――というよりかは、朽ち果てた城に近い。
すなわち、魔王城である。
私の目の前にいる少年は、胸や腕など、身体の一部を鉄……よりも硬そうな何かでカバーし、七色に光る剣をこちらに向けている。
その右隣には、勇者の右腕と言わんばかりの風貌の、すなわち強そうな男が。
そして勇者の左隣には、魔法使いと言わんばかりの、杖を持ったかわいい女の子が。
更に勇者の後ろには、その背を守るように筋肉質なおっさんが立っている。
すなわち、勇者のパーティーである。
そして、魔王城の中でも特別高価そうな椅子に足を開いて座り、勇者に剣を向けられ、それでもなおニヤニヤと余裕ある笑みを浮かべている私は。
すなわち、魔王である。
……おかしいなー。全然理解できない状況にいるはずなのに、瞬時にいろんなものを飲み込めた自分がいるわー。
怖いわー。自分の順応力が本当に怖いわー。
「降伏するんだ、魔王!」
勇者が私に向かって叫んだ。これにより、私が魔王であることは確定した。
「……なんのことかな?」
訳が分からなかったので真面目に訊ねた。しかし、敵意のない声を出すつもりがドスのきいた声になってしまい、それがかえって勇者を怒らせた。
「貴様はっ……自分の所業も忘れたというのか!」
そう言われても私、いま目が覚めたところだし。
「貴様は、アルバロから夏を奪い! 五百年もの間、雪を降らし続け!」
え、私そんなことしたの? ていうかアルバロってどこ? 国? 村?
「人々に金や食料を要求し、応じなかった者は皆殺しにした!」
うっわ、そんなことまでしてたの? カツアゲみたいな?
「貴様のせいで滅んだ国と村は、もはや両の手では足りない!」
うわー、私めっちゃ酷いやつじゃん。そりゃ勇者も怒るわー。
「俺は旅をすることで貴様の悪行、更にはその果てまで見てきた! 飢饉に苦しむ人々! 疫病に苦しむ人々! そして、かさばる冬服の収納に苦しむ人々を!」
いやー、最後の冬服の話は必要だったかなあ? 申し訳ないんだけど、そこだけ日本みたく平和な世界の話に聞こえちゃったよー。
「クックックッ……」
かさばる冬服に笑ってしまった。しかし、笑い方がなんだか独特になってしまい、
「き、貴様ぁーっ!!」
それが尚更、勇者を怒らせた。
勇者は跳んだ。
三人の仲間を置いて一人、私に向かって跳躍してきた。何やら叫び、光り輝く剣を私に向かって振ろうとしている。
それらがすべて、スローモーションで見える。
……んー、遅いな。動きがおっそいなー。勢いよく跳んできてるんだろうけど、こっちから見れば水中くらいの遅さなんだよねー。勇者のさ、揺れる頬肉までよく見えるわ。「跳躍した時の勇者の顔www(画像アリ)」みたいなタイトルで掲示板つくったら盛り上がりそうな顔してるわー。
そこまで考えて、私は次の行動に出た。
本能、直感、ゲーム脳。とにかくそんな何かで、私は「あの剣に触れたらまずい」と思った。どうせあれは『聖なる剣』とかそんな名前の武器で、「魔王に大ダメージを与えられる剣」みたいな説明文がついてるやつだろう。なら、触れないに限る。
私は逡巡し、勇者の胸――甲冑の上に手を置いた。
ここならまあ、攻撃しても勇者は死なないだろう。なんだか高級そうなアーマーを身に着けていらっしゃるし。万一これが壊れたところで、私の関知するところではない。
――じゃ、せっかくだし格好よく……念力みたいなので勇者の身体を吹っ飛ばせないかな?
どごぉっ!
「がはっ!!」
「おやぁ?」
どうやら本当に、念力を発動させてしまったらしい。勇者の身体は吹っ飛び、はるか後方の壁に打ち付けられていた。壁に新たな亀裂が生じる。
――ご、ごめんね。ここまでやるつもりじゃなかったんだよ。こんな強い力を使えるなんて私も知らなかったし……。
「ふん。初級魔術でこうも吹き飛ぶとは……それでわたしを倒そうなど、笑わせてくれるわ!」
謝るつもりが挑発の言葉を吐いていた。どうも、私が思ったことをそのまま口にできる身体ではないらしい。なんというか、勝手に魔王語に変換されてしまう。
じゃあたとえば、この場で「こんにちは」なんて言おうとしたらどうなるのかな。
「今のはほんの挨拶がわりだ……」
ああー、なるほどそうなっちゃうのかあー。
「こ、この野郎ーっ!」
勇者の右腕っぽい人と、筋肉質なおっさんが私に襲いかかってきた。倒れている勇者の元には、魔法使いらしき女の子が駆け寄っている。
……うーん。人間として、というかファンタジーとしてはありふれた行動だと思うけど、それってどうなのかなあ? どうせこのあと、おっさんたちが私に襲い掛かっている間に、魔法使いが勇者を回復させるって流れだよね? それが分かっちゃってるからなー。
もしもこのパーティーが「よくある勇者のパーティー」なら、あの女の子ってさほど体力がないキャラなんだよね。完全なる魔法要員というかさ。MPはすごく多いけど、HPが超少ないタイプ。
そんな女の子と手負いの勇者、二人きりにして大丈夫だと思う? あっちに魔弾とか飛んじゃっても知らないよ?
「クックックッ……焦りは隙を生むぞ!」
あっ、やば――
どごおおぉぉぉおおぉぉんっ!
「か、カムイ! アイラぁーっ!」
勇者の仲間が叫ぶ。私は目を丸くした。
――や、やっちゃった。そんなつもりなかったのに。魔弾飛んだらどうすんのって思っただけなのに。本当に魔弾を飛ばしてしまった……。
どうやら私の行動も一部、魔王っぽくなるよう調整されているらしい。攻撃するつもりがなくても、「攻撃したらどうなるのかな」と考えただけで即行動に移してしまう。困った身体になったものだ。
右腕っぽい男と筋肉質なおっさんが、勇者のもとへ駆け寄っていく。けれどもう遅い。勇者は、そして魔法使いも、ぴくりとも動かなかった。
「ちくしょう……ちくしょぉーっ!!」
右腕男の咆哮。そして、四人の姿は消え去った――。
え、消え去った?
あたりを見回す。
勇者も、その仲間も。忽然とその姿を消していた。
……そっか、これ、夢だ。
私は一人で納得した。
――だって私、日本生まれ日本育ちのOLだし。魔王とか知らないもん。なんでこんな夢見てるんだろう。
「クックックッ……」
私は笑った、魔王っぽく。
そうして目を閉じ、眠りについた。
――疲れているから変な夢を見るのだろうか。次に目が覚めたら、いつもより少し贅沢なものでも食べよう……。
それから数時間後。
何かの気配に私が目を覚ますと――
目の前に、勇者がいた。
【あなたが勇者を倒すべき回数は、残り29回です】