5話
イデアの奴が“人との共存”を図るのであれば、魔王も人も全てを滅すると刃を抜いた。勿論、私は魔王にも国王にも義理立てする筋合いは無いのだが、美少女の姫君は捨て難い。電卓か私かと云う程に計算の早い私は考えた結果、イデアについた。
彼女の背負っているもの、真実の背景、悲しみ、姫君よりも大きな胸。
私が掴むべきは、この世界の平和でも姫君の笑顔でもなく、巨乳だ。
私はイデアの前に立ち、魔王に指差して吠えつける。
「女一人の涙も拭えなくて、何が勇者かッ!!」
「勇者……様……」
「面白い……勇者のチカラとやらを見せて貰おうか! 但し、魔王定番の三段階変形をするよ。最終的には自我を失う感じの『全ての次元を消し そして わたしも消えよう 永遠に!!』とか言っちゃう様なノリでいくよ」
魔王から黒き波動が迸る。その肌がヒリつく様な邪悪さを纏う物からイデアを守るべく間に立ち、邪気を全身で受け止める。
「勇者様……私は貴方の命を奪おうとした身……それなのに何故……人間とは何なの」
「なぁに、こんな汚い風に曝せたら折角の巨乳が型崩れしてしまうだろ?」
「……やはり人間とは莫迦者だ。どうか、死なないで……」
――私は魔王へ向き直る。
「はっ! 所詮は低俗な人間よ! 結局は色香に惑わされて真意を見失った哀れな雑兵。我が前で惨めに朽ち果てるが良い!」
魔王が手を翳すと、黒き炎が舞い踊る。鼓膜を揺さぶる轟音と、むせ返る熱気が私を襲う。
「朽ちろ! 燃えよ! 消し炭となれ!」
「……モザイク」
――私は、パンツを下した。
すると、モザイク的な何かしらの不規則に蠢く空間が現れ、黒き炎を何かしらの黒い感じでよく分からない物へと変えてゆく。
「……な、何だ……そのチカラは」
「これが現実世界の、人間のチカラだッ!!」
ほくそ笑む私は、イデア(巨乳)に無言で別れを告げる。これが最期の戦いになるであろうと、現代社会で色々苦労した私は旅の終わりを感じた。
ついでに、巨乳を見て元気になる我が身の変化を感じる。
「小賢しい! 小賢しいッ!! もう最終形態になって滅ぼす! 平和主義に見える悪役って案外プライド高いよね★ って感じを見せてやる!!」
魔王の腕や足、身体の彼方此方がみるみる膨れ上がって醜い獣と成る。最早、叫びなのか呻き声なのか分からぬ程に正気を感じぬその姿に、私は身構える。
これで、終わらせよう。
――右手に刃を
――下腹部に聖剣を
――背中に人生を
「ウゴあアぁァぁぁ……ほロべ、ユウしャアァぁァァ!!」
「……ヒグチ」
「グゲげゲ、キえザレェぇぇ!!」
「カッッッタァァァァァーーーー!!!!!」
驚きに目を見開く魔王とその空間を、ヒグチカッターが切り裂く。その存在を掻き消し、そして私の身も引き裂かれた空間へ……。
さらばだ、巨乳。
「ゆ……勇者様ぁぁ!! 勇者様ぁぁぁ!!」
――あの冒険から数年の月日が流れた。
異世界から戻った私は、仕事を三年間無断欠勤していたのでクビになっていた。異世界の平和を守り、魔王を倒したのだと説明したが聞いて貰えなかった。
だが、今の私には守るべき者が居るので、なんやかんや頑張って今年定年を迎える。
「さあ、老後の自由な冒険をしよう!」
「はい……勇者様っ……」