1話
私は今年で五十歳を迎える。子供は就職が決まったらしい。妻は……否、元妻は三人目の旦那ができたそうだ。
……らしい、と云うのも当然の話で、私はそれを直接知る術が無いのだ。
忘れもしない我が子が五歳の頃、馴染みのスナックで働くキャサリンちゃんと一夜限りのチョメチョメをした。それが元妻にバレて離婚。
今の生き甲斐は、給料日に弁当屋で買うスペシャル海老フライ弁当を食べる事だ。少し身を残した状態で食べるカリカリの尻尾が、たまらなく美味しい。二尾しか入っていないので、とても貴重だ。
そんな私は、もう十数年貧乏生活を送っている。給料の殆どは養育費と……慰謝料に消えてしまう。
実は、キャサリンちゃんには筋骨隆々のゴリラの様な旦那が居るのだが、彼にもキャサリンちゃんとのチョメチョメがバレてしまった為に延々と慰謝料を払い続けているのだ。払わないと怖い感じで脅してくるので、心が繊細な私はついつい渡してしまう。
因みに、私の仕事は保険の営業だ。給与は高くないのだが、飛び込み営業は無い来店型なので楽だ。
保険は心の安定であり、いざという時の味方だから物凄く大事だ。入ってない人は若いうちに入ると良い。
……話が逸れてしまったが、兎に角パッとしない人生を送っているのだ。
――そんな私が、スライムをやっつけた。
うん、可哀想な物を見る優しい笑顔など要らない。
私は、日課の鼻毛カットを行っていた。
そのカットを行う時、口癖で……
「ヒグチカッター!!」
……と、叫びながら小さめのハサミで鼻毛をカットする。
今朝もいつも通り行おうと『ヒグチカッター!!』と叫ぶと、辺りは一変して草原のド真ん中。ハサミを持つ右手に僅かな重みを感じて、見てみると……ヒグチカッターもといハサミにスライムが刺さっていたのだ。
『キュゥ……』
……と云う可愛らしい鳴き声と共に消えてしまった。ついでに、ちょっと経験値的な何かを得て大人の階段を上った気分だった。
そう……今私が居る此処は、まるでロールプレイングゲームにあるファンタジー世界の様なのだ。あと、私は正気だ。
――そんなこんなで現在に至り、途方に暮れた私は辺りを見回すと一つの看板がある事に気付いた。
≪ここより先 アリアバン城≫
昔から察しの良い気遣いのできる子な私は全てを理解した。きっとこの先にある城の宮廷魔術師が悪の魔王を倒す為に、異世界から勇者を召喚したのであろう。
そして、現れたのが私である。勇者、私である。
勇者私は見事魔王を打ち倒し、その国の姫君である美女と結婚をして、更には次期王になってくれ的な展開になると思われる。
やれやれ、しがない保険屋だけれども救ってやりますか。未来の花嫁様を、ね★