#04
クロガネが帰って来ない。一狩りどころか二狩三狩ぐらいしているのではなかろうか、と思うほどに彼が戻る気配は微塵にも感じられない。そろそろ空も暮れる頃だ、と心配になったリンたちは今からどうするかについて話し合いをしていた。
さて、このままここで待つか、それとも探しに行くか。クゥリとリッテラのこともある、何よりリンは二人を任された。だからリンがこの兄妹を残して探しに行くという選択肢はないのであるが、それでももしものことがあったらと思うと居ても立っても居られないのもまた事実。
だって、クロガネはあんな痛い目に遭ったばかりなのだから。
「どうしますか?クロガネさんのことだから少し寄り道してるとかだと思いますけど……」
「でも、もう空が暗いよ。それにリン姉ちゃんは『すぐ戻る』って聞いたんですよね?」
「え、ええ……」
クゥリとリッテラはクロガネに対する信頼と不安を交互に吐露する。彼はこの兄妹たちを助けてくれた存在だ。そうそう簡単にモンスターにはやられないという自信もあるのだろうが、実際パヌルとヴィエという盗賊のことも頭を過ぎったのだろう。絶対など、あるわけないのだ。
──クロガネは決して、最強なんかじゃない。
それでも。
「……ううん、ここで待とう」
「え?」
リンは呟く。兄妹が目をパチクリさせて聞き返す。けれどリンは穏やかに二人に微笑みかけた。
……そりゃあもちろん心配だ。何言っても自分の道を曲げない彼だからこそこんなに心配して、こんなに悩んで、何かしてあげたいって。そうやって色々と試行錯誤して、空回って。
本当はよくわかっていた。クロガネはリンが何を言ったとしても止められないだろうし、止まらないのだろう。リンにできることは、なりふり構わない彼が落としていってしまったものを、後ろから拾って歩くことくらいなのだ。
「ここでクロガネを待とう。大丈夫、きっと帰ってくるよ」
リンは、クゥリとリッテラを任された。彼に信頼されたからこそ任された。それならば為すべきことは、彼からの信頼に報いること。
何より、「待ってて」と言うのなら。
クロガネが帰ってくるのはこの場所なのだ。
「クロガネさんなら……大丈夫だよね」
「……うん。きっと」
兄妹は迷いながらも、リンの言葉に頷いた。その二人を見降ろして、リンは安心させるように笑いかける。
心配は心配だけれど、あの時の盗賊でもない限りは大丈夫だろう。リンは自分にもそう言い聞かせて大きく伸びをした。近くには小川がせせらぎ、鬱蒼とした木々の生い茂るこんな場所だ。そうそう危ない人には出くわさないだろうし、いるとすれば動物もといモンスターくらいだ。
リンが気丈に振る舞っていると、ガサリ、と音がした。それが草木を掻き分ける音だと気がついたリンたちは、その方向へと顔を向ける。
クロガネが帰ってきた。そう信じてパッと花を咲かせるように顔を輝かせて、三人は振り向いた──のだが。
「…………」
ずん、と目の前に聳え立つのは壁にも見紛う虹色の巨体。
『ある日森の中〜』とメロディーが頭に過ぎったと同時に、背中に冷や汗がたらり。
ある日、森の中。
クマさんに出会った。
「グオォォォォッッ‼︎」
「「「きゃーーーーーっっっ‼︎」」」
ーー残念ながら、世の中そうそう上手くはいかないらしい。クロガネを信じて留まる決心をした途端にこれだ。
リンたちは、クマの咆哮を聞くや否や脱兎の如く駆け出した。戦略的撤退。クゥリとリッテラを守るためにはこの場を離れるしかない。弓使いのリン一人で二人の子どもを守るというのは現状ではほぼ不可能だ。
──まずは距離をとらないと。
「走って!」
「う、うん!」
素早く番えた矢にブレイクを込める。時間稼ぎにと虹色クマの足元目掛けて攻撃しながら、リンは叫んだ。クゥリが動揺しながらもリッテラの腕を掴んで走って行くのを尻目に、自身も離脱のため新たに矢を放つ。
「──ショットファイアッ‼︎」
蒼き炎を纏った一閃の矢が、クマに命中する。そしてリンは全速力で駆け出した。
一瞬しか込めていないブレイクでは、あのクマに致命傷は与えられていないだろう。前衛がいない状況で戦い続けるのは少々辛い、早くクロガネと合流してクゥリとリッテラを守らなけれーー、
「あれ、クゥリくん?……リッテラちゃん⁈」
森の中へ消えた兄妹を追って自らもその深緑へと飛び込んだが、二人の姿は見えない。まさかと思うが……。
──逸れた?
一難去って、また一難。
「ど、どうしよ……」
呟いたものの、答えなんて決まっている。
守らないと。
リンは弓を強く握り締めて、生い茂る草木や蔦を掻き分けて。兄妹を探すために再び駆け出した。