#02
クロガネに悟られず、且つ彼の行動パターンを先読みして仕事を奪い取る。リンの《クロガネの力になろうキャンペーン》の基本はこれになる。何と言っても旅をするということは決して楽なことではない。荷物や食料の備蓄を確認したり、それこそ料理をしたり、敵と遭遇して戦ったり……。
そう、いろいろと大変なのだ。だからこそクロガネに休んでほしいというのに。
今この瞬間のこの状況は、たいへん納得し難い。
「あ、リンお帰り。なかなか帰ってこなかったし無限の収納鞄もなかったからさ。適当に昼飯作っちゃった」
「……うん、アリガトー」
思わずカタコト。ボアの鍋料理の失敗作を片づけて急いで皆の元に戻ってきたリンが見たのは、美味しそうな焼き魚。おそらくクロガネが川で捕まえたのだろう。まともな調理器具は[無限の収納鞄]を持っていたリンの元にあるので、調理としては簡単なはずだ。しかしこの鼻腔をくすぐる良い匂いは、紛れもなく最高の焼き加減である。
勝ち負けの問題ではないのだが、「負けたっ!」とリンが内心で完敗宣言をしていることをクロガネは知る由もない。
「こ、これ借りちゃってごめんね」
「べつにいいよ。俺のってわけでもないんだし……ていうかこの鞄って本当に何なんだろ」
世の中には謎が多いものである。クロガネが思案している隙に物凄い速さで調理器具を放り込んで隠し、現状復帰。クロガネが[無限の収納鞄]の中身を確認して少しだけ首を捻った気がしたが、深く考えることを放棄したようだ。持ち物一覧にちょっとした変動があったとしても、これだけ荷物があればわからないだろう。
鞄から何を借りたんだろう、と聞きたげなクロガネの視線に気がつかないふりをしてリンはジィッと焼き魚を見つめていた。
ああどうしよう最初の作戦はちょっと失敗しちゃったけど次の作戦を頑張ればいいのかしらでもクロガネったら油断も隙もないっていうかこうしてちゃっかりご飯の用意してくれちゃってるし普通に美味しそうだしひょっとして私の行動読まれちゃってるのかしらいやでもクロガネけっこう鈍感だしそれはないかなだってそんなクロガネだから私はこうヤキモキしてたわけであってまぁ兎に角……
「ん?リン、どうしたんだ。早く食べないと冷めちゃうぞ」
「う、うん、そうね……わぁー、美味しそうイタダキマス」
──手強い!
きっとクロガネは無自覚なのだろう。だからこそリンは口で言っても効果はないとクロガネの行動に先んじて手を打とうと思ったわけであるが、これがなかなか上手くいかないのだ。もちろん彼が意図的にそうしているわけでないと思うのだが、結果としてリンの目的は阻まれている。恐るべしクロガネ。なんて鈍感なのだクロガネ。
「あら……そういえばクゥリとリッテラは?」
「少し向こうで食べてるよ。やっぱり一人っていうか、二人の時間も必要だろうから今は別々にした。俺たちにずっと気を遣ってても疲れるだろうし」
「……そうだよね」
リンは姿の見えない兄妹の姿を探して辺りを見回す。するとクロガネがリンの視界の隅にある木陰を指差した。そこには木の下で静かに食事を摂る兄妹の姿があった。きっとクゥリとリッテラはあの賊の襲撃の疲れや度重なる心労が溜まっていたのだろう。クロガネとリンの視線に気がつく様子は一切なく、その表情もどこか無に近い。
自分が情けなく感じた。クロガネとこの二人が危険な目に遭っていたとき、リンはすぐ二人の元に駆けつけることができなかったのだから。今近くで眠っている兄妹の姿は穏やかに見えたが、それがむしろリンの胸を打つ。不安なことも多いだろう、気丈に己を奮い立たせる小さき者たちの姿。それは少しだけ隣の《彼》にも似て見えて。
他人の痛みには敏感なのに、自分のことは蔑ろにしてしまいがちな彼にも似て見えて。
もちろん本質は全くの別物だ。クロガネとあの兄妹たちは、年齢も違えば経験も置かれた境遇も何もかもが違う。心も、身体も、深く傷を負った姿が重なって見えたという、ただそれだけ。それでもそんなちょっとしたところが重なってしまうのは、リンが皆んなをよく見ているからだ。
心配だ。役に立ちたい。もう少し力になれたら。相談だってしてくれればいいのに。そしたら、そしたら……。
「リン?さっきからぼうっとしてるけど、どうしたんだ」
「ううん、何でもないの!」
心ここに在らずというリンが流石に気になったのか、クロガネが首を傾げながら問い掛ける。それに元気よく返事をしながら、リンは「とっても美味しい」と焼き魚にかぶりついた。
ちょっとやそっと上手くいかないからって、簡単に諦めてなどやるものか。この作戦が失敗したなら、また次のを考えればいいのだ。残念ながら料理をするという作戦は失敗してしまったが、他にもいくつか案を用意したのだから。
何が何でも、この戦いには負けられない。
いったい何と戦っているのかは疑問だか、香ばしい匂いの焼き魚を食べながらリンは心の中で呟いた。