#01
その日その時、目の前で。
ボア入り鍋が大爆発した。
── “ heroes&heroines ” ──
「きゃああぁぁ何で何で⁉︎どうしてこうなっちゃうの⁉︎」
炎魔法でもぶち込んだのかその赤、最大火力。まるで凄腕の料理人がフライパンを操る時に出る猛烈な火が燃え上がっている。
ただし、それはプロならばの話。
今回のこれは、まごうことなく事故である。
「どうしよどうしよっ……ああもうこれ!これでいいや!」
脳内はパニック、目の前はブラック──じゃない、確かにお先真っ暗な現状ではあるけれど、とにかく真っ赤だ。
早く何とかしなきゃ、と──リン・シルトーネは急いで川から水を汲み、その《料理モドキ》にぶっ掛けた。
黒焦げた《それ》は水気を含んでしなしなに。ぷすぷすと変な音を立てながら、それは漸く鎮火した。さらに何が何だかよく分からなくなってしまった《ボアスープになるはずだったもの》に、リンは盛大な溜息を吐いた。
「何でどうしてぇ……?何でこうなっちゃうのよぅ……!」
答えは神のみぞ知る。いや……料理の神様にもわからないかもしれない。
どうしてこんな事態になっているのかというと。それは少し前に遡る。
──リンは旅をしている。ある日リンの目の前に現れた少年、【氷室クロガネ】と共に。何やかんやあってリンは、王都を目指す彼に着いて行っているわけであるが、この旅がなかなか一筋縄ではいかないわけだ。先日もパヌルとヴィエという二人組に、クロガネが痛い目に遭わされたりしたことも記憶に新しい。
その件もあって、今はクゥリとリッテラという兄妹を保護もしていたりするわけだが、まあつまり。
いろいろと大変なのだ。
「特にクロガネがね……」
リンは周りに誰もいないことを確認して、こっそりと後始末をしながら独りごちる。理由は、こんな失敗を見られたくないということと、もう一つ。
クロガネには絶対に迷惑をかけたくない。
クロガネとリンは、クゥリとリッテラを保護することは別段重荷に感じてはいない。断じて二つの命を預かることに責任がないわけではない、それは二人にとって自ら下した決断であり、幼い子どもたちを守りたいと思ったから。だからそれは別にいいのだ。ただ。
……最近のクロガネには、圧倒的に安らげる時間が少な過ぎると思う。
慣れない旅。盗賊との戦闘。怪しい二人組の襲来。小さな二つの命の責。
そして、リンを守るという使命感。
クロガネは一人で無茶をする。何でも自分でやろうとする。一人で突っ走って、いつの間にか遠くに行ってしまいそうな気がしてしまう。
だからリンは、たまには彼にゆっくり休んでほしかった。自分が料理でもして、彼には負担をかけないようにしたい、それだけだったのにーー。
燃え尽きた鍋の中身。水でビショビショの辺り。目の前は大惨事である。
「と……とにかくこれ片付けなきゃ」
そそくさと。鍋の中身は申し訳ないけれど草の茂みにでも捨てて、鍋は川の水で洗ってしまう。この鍋は[無限の収納鞄]から取り出して使ったものなので、元通りに戻しておけば多分大丈夫……なはず。他の料理器具や調味料も慌てて中に放り込んで証拠を隠滅を図る。ちなみに今クロガネはクゥリとリッテラと一緒にいてくれているので、その隙を縫ってご飯の準備でもと思ったのだが。
……おかしいなぁ。この世界では不味いと評判のボアも、クロガネなら美味しいスープに変えられるというのに。料理してるところも見たことがあるし、私にもできると思ってたのになぁ……。
きっとクロガネは魔法の手を持っているに違いない。リンはそう結論づけたが、まだまだ諦めるつもりはない。
「こ、今回は失敗しちゃったけど次の作戦を頑張ればいいだもん!」
[無限の収納鞄]に器具その他諸々を片付けたリンは、人知れずに拳を握る。作戦とは名付けて《クロガネの力になろうキャンペーン》。
これは、そんなリンの奮闘記である。
「おーいリンー。全然帰って来ないけどどうしたー?」
「何でもないの!今行くから!」
リンの戦いは始まったばかりである。
「ちょっと、打ち切りじゃないからね!」