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嬉しくない褒め言葉

作者: 頭山怚朗

 ぼくの趣味は人間ウォッチだ。


 今日はファミレスで見つけた女を対象とした。女はなかなかの美人だ。これだけの美人は滅多にいない。……。どこか大きな会社の社長の一人娘? ……。では、当たり前過ぎて面白くない。女は結婚詐欺師だ。“結婚”を匂わせて貢がせる。挙句、ポイ。最後はプロレスラーみたいな大男が現れて散々殴られる。世の中には愚かな男であふれている。ぼくは、そうではないけれど……。

 と、言うことでぼくはその女を観察、推定した。後は確認するだけ。ぼくは女の後を何時でも追えるように料金を先払いした。ファミレスの店員は不思議そうにぼくの顔を見た。

 女がバックからスマホを取り出し話し始めたが、直ぐにスマホに向かって怒り始めた。相手はプロレスラー男だろう、とぼくは思った。女が、突然、料金を支払い店を出た。ぼくも慌てて後を追ってファミレスを出て、後を追ったが見失ってしまった……。

 諦めかけたとき、運動公園前の駐車場の外灯の下に女の車を見つけ、少し離れた場所に車を止めた。外灯から随分離れた場所に車が一台止まっているのが月明かりで見えた。ぼくの推測では女とプロレスラー男は言い争いをしているはずだ……。しかし、人声はなかった。気配すらなかった。その時、地面にうずくまる黒い影を見つけた。人だ! それも、あの女だ。ぼくは思わず女を抱き起こした。手に何かべっとり付いた。血だ! 次のぼくは何か手にしていた……。ナイフ! 女の豊かに膨らんだ胸に突き刺さったナイフを手にしていた。ぼくはナイフを放り出し逃げ出した。

 結局、ぼくは二日後の昼過ぎR署にいた。女が美人だったこともあってマスコミの話題になった。ファミレスの店員が、料金を先払いし女の後を追った男のことを警察に通報した。防犯カメラに写っていた不審者を見たR署のあの刑事さんがぼくだと気づいたのだ。

「今日は被害者でなく、唯一無二の容疑者へ昇格ですね? 」と、あの刑事さんが皮肉たっぷりに言った。

「そんな皮肉、言わないでください」と、ぼくは言った。「ぼくは無実だ」

「でも、普通、誰も信じませんよ。凶器のナイフにはあなたの指紋しか残っていない。あなたのアパートから殺された女性の血の付いた衣服が出てきた。車の後部座席から被害者の財布、腕時計やイヤリングが見つかった。その様な状況で、“ぼくはやっていない”と言われても、誰も信じられない」

 ごもっともだ。立場が逆だったらぼくだって信じない。でも、ぼくはやっていない。それは、ぼくがよく知っている。でも、それはぼくしか知らない。

 あの刑事さんの取り調べ優しいものだった。で、ぼくはあの夜のことを必死に思い出して説明した。

 殺された女はスマホで誰か喧嘩をしていたこと。・運動公園の駐車場に外灯から随分離れた場所に白いバンが止まっていたこと。車を止めた時、鍵をかけ忘れていたこと。女性を抱き起こしナイフを握ってしまい、そのまま逃げ出したこと。車の後部座席の財布、腕時計やイヤリングは何時いつの間にか入っていたこと。イヤリングを手に取り、殺された女の物だと気が付いてはいたこと。……等を説明した。

「どうして、すぐに女性の服を処分しなかったのだ? 」と、刑事さんが言った。

「ゴミの日でなかったから……。ゴミの日以外にゴミを出すのはマナー違反だ」と、ぼく。

「……」 あの刑事さんは、ただ、ぼくの顔を眺めるだけで何も言わなかった。

 権利の告知がされ、ぼくは逮捕された。県警本部の刑事の本格的な取り調べは厳しいものだった。何日かたって、ぼくが疲れ果ててしまったある日、「素直に罪を認めたほうが、罪がかるくなるぞ! 」と県警本部の刑事が言った。“それもそうだな………”と思った時、取調室のドアがノックされた。

ぼくは釈放され、女の元カレが逮捕された。ただ、プロレス男ではなく、なかなかのイケメン男だった。

女はしたしく付き合っていた男がいたが、より将来性のある男に乗り換えた。散々貢いできた男は、当然、納得できず、よりを戻すよう求めたが女は取り合わなかった。事件の夜、男はアリバイ工作のためマンションの駐車場に自分の車を止めたまま、無断で持ち出していた社用車で呼び出し場所の運動公園に向かい刺し殺した。社用車を無断で持ち出した時点で、男には殺意があった。強盗に見せかけるために女に貢いだ財布、腕時計やイヤリングを奪ったものの、近くに止まっていた鍵のかかっていないぼくの車に放り込んだ。イヤリングにはぼくの指紋が付いていたものの、腕時計と財布にはぼくの指紋は付いていなかったので、あの刑事さんはぼくが無実だと確信してくれたのだ。一方、県警本部の刑事はぼくを殺人犯と確信し、ぼくを逮捕した。あの刑事さんにとってはそれは好都合だった。殺人者の元彼は油断すると見込み、実際、その通りだった。

あの刑事さん、別れ間際、R署の玄関でぼくを褒めてくれたけれど少しも嬉しくなかった……。

「ゴミの日を気にして、血の着いた服を自分のアパートに置いたままにするなんて、あなたは何ていい人なんだ! 頭が下がる国宝級の人の良さだ」


ヤフーブログに再投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミステリチックで面白いですね。店員さんの主人公に対しての反応など、人々の行動の描写が取れているところがいいと思います。書き出しも興味をそそる内容だと思います。 [気になる点] 詳細情報やバ…
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