俺の、叶わない初恋の話をする。
───最初から、決めていた。
俺は、自分で言うのもなんだけど結構イケてる顔立ちをしている。
だから女の子にモテモテだし、反対に男には親の仇を見る目で睨まれることなんてよくあることだった。
俺は、自分の見目が整っていることを、知っていた。
クラスで一番に留まらず、多分学年でも一番だったし、もしかしたら学校でも一番だったのかもしれない。
ともかく、そんな俺には女の子がたくさん集まって、囲まれていた。
逆に、男たちにはまったく相手にされず、どこか余所余所しい距離感を取られることが多々あった。
つまるところ。
俺には、友だちが、いなかった。
友だちなんてものは二次元にしか存在しないと本気で思ったし、リアルに存在するにしても俺には一生出来ないんだろうなとかって思っていた。
要は諦めてた訳だ。
話し掛けようにも冷たい目。
見るだけで眉を寄せられる。
俺は身長とかは結構あって。でも、喧嘩とかはしたことがなかったから、ヒョロイ体つきをしている。
人を殴ったことのない拳。
友だちの肩を叩くことを知らない手。
友だちの名前を呼ばない声。
友だちを映さない目。
友だちの側に行かない、足。
俺は、女の子たちがいなければ独りだった。
でも女の子たちは俺のことなんか何にも知らないで、顔だけで寄ってきてくれたひとたち。
中身を知らないのに、どうして好きだなんて思うんだろう。
三学年に上がって二ヶ月。
定番なのか、中学に上がって以来呼び出されることの多い屋上で告白をされた。
ふわふわの頬っぺたが柔らかそうな女の子。
その頬っぺたを真っ赤に染めて、好きだと言ってくれる女の子。
付き合って、って、女の子たちは言う。
でも付き合うってなに?
付き合ってなにをするの?
そもそも付き合う意味って?
解らないけど誰かに聞くことはできなくて。
解らないなりにネットでググってみたりもした。でもやっぱりあやふやで、不透明で。
結局は、よく解らなかった。
だから俺はイエスとは答えない。
俺が言えるのは初めて告白をされたときから変わらない、「ごめんなさい」だけ。
泣かれても、泣いてくれても。
俺にはその感情がわからない。
聞いてくれてありがとう、って、なんだろう。
涙を堪えた女の子たちは笑って言うその言葉。
聞くのって、それは、当たり前じゃないのか。
俺に対する感情を、俺に伝えてくれる。
それに耳を貸すこと、傾けること。
なにをそんなに感謝されることなんだろう。
俺はただ、何の感情もなく聞いているだけなのに。
女の子たちが望む答えは一度も返したことがないのに。
どうして女の子たちは、ありがとうなんて言ってくれるんだろう。
どうして女の子たちは、あんなにキラキラして見えるんだろう。
やっぱり、俺にはよくわからない。
そうして今日も、「ごめんなさい」を告げる。
頬っぺたの柔らかそうな女の子は、その柔らかそうな頬っぺたを赤く赤く染めたまま、笑う。
「聞いてくれて、ありがとう」
女の子がバイバイと手を振って背中を見せた。
屋上のドアを開けるその細い肩は震えているようで、ああきっと泣きそうなんだなと思う。
でも、俺は気づかないふりをする。
俺がここで優しい言葉を言うのは多分間違ってると思うから。
女の子が狭い隙間をすり抜けて、誰の手も触れていないドアは自然に閉まる。
パタパタと階段を下っていく足音が聞こえて、俺はようやく息の詰まる空気を吐き出せた。
告白をされるのは、そして断るのには。
結構、体力を消耗する。
フラフラになった俺は屋上のフェンスに背を預け、もたれ掛かった。
吹く風が冷たくて、気持ちがいい。
目を細め、とろみを帯びた夕日を見つめる。
女の子たちって不思議だ。
中身なんてろくに知らないだろう俺のことを好きって思えるところとか、聞いてるだけの俺にありがとうって言ってくれるところとか。
あとやたら柔らかそうで、いい匂いがするのも。
全部ぜんぶ、不思議。
ああ、それにしても。
「……俺、いい加減友だちほしーな……」
ぼっちを極めるつもりなんかないので。
せめて、一人だけでも。
解らないことを一緒にわからないって頭抱えてくれるような。
そんな、友だち。
なんて……。高望み、しすぎだろうか?
「……ふーん」
「っえ、」
「あ、ココ上、俺上ココ」
声に従って上を見上げると、夕日にキラキラと輝いて透き通る髪の色に目を引かれた。
ニッと笑ったその人は、トンッと軽々降りてきて、俺に手を差し出した。
「はじめまして! ……じゃあないけど! 同じクラスの木浦です!」
「き、木浦……くん……?」
「あっはー! オレんことは木浦でいーよ! オレもお前のこと相模って呼ぶし!」
「え、き、木浦……?」
「そーそー! そんな感じー!」
戸惑う俺の手を強引につないだ木浦はニカッと笑って、ぶんぶんとつないだ手を上下に振る。
ッパ! と離したかと思えば、もう一度つながれる手。何がしたいんだかわからない。
「え、と、木浦?」
「これからー、オレたちはー、友だちになりまーす!」
「へっ?!」
「友だちってのはー、宣言してなるもんじゃー、ないけどー、まぁたまにはこんな始まりもアリなんじゃね? と、オレは思ったので!」
っつーワケで、よろしくな、相模!
友だちになったらしい木浦は、翌日から俺の隣にいた。
女の子たちが邪険にしても、木浦は笑って俺と肩を組んでいた。
ムキになる女の子たちの中には俺なんかじゃなくて木浦を見るようになった子もいて。
俺は、その変化をちょっとだけ嬉しく感じて。
木浦が隣に来るようになって、俺は時々男たちの仲間にいれてもらえることがあった。
例えば中間テストや期末テストの勉強会。
例えば夏休みに行われた、合宿という名の勉強会。
例えば体育祭で勝つための作戦会議や応援。
例えば文化祭での出し物や校内を一緒に回ったとき。
俺には初めてのことだらけで、情けないことに合宿の途中で熱を出したり、体育祭では転んで怪我をしたり、文化祭では足がくたくたになるまで歩き回ったりしてしまった。
多分余裕がなくて、楽しくて楽しくて注意力散漫になっていたんだと思う。
気づいたら顔が熱くて、砂だらけで、お腹もいっぱいになっていた。
木浦はそんな俺の隣にずっといてくれて。
ずっとずっと、いてくれて。
だけど。
中学が、終わる。
最後の一年だけ、俺はすごくすごく笑ってた。
そのくらい楽しくて。
そのくらい、嬉しくて。
これはぜんぶ、木浦のお蔭。
木浦が教えてくれた。
木浦が俺を引っ張ってくれた。
だから、全部。
木浦に感謝してる。
今日は、卒業式で。
なんでかな。
別にどうとでも良かった卒業式が、こんなにもいやで、悲しい。
なんでだろう。
……きっと、楽しかったからだ。
あんまりにも楽しくて、惜しいからだ。
名残惜しい。
その感情に、いとしさがある。
式が終わり、最後のホームルームも終わる。
俺は女の子たちに呼び出されて、これまでにないってくらいに呼び出されて。
たくさんの、好き。
俺には響かない、相変わらず聞くことしか出来ないたくさんの告白たち。
溢れ返って、溺れそうだ。
ああ、ああ、
はやく、
木浦の隣に行きたい。
木浦は、教室にいた。
でも、一人じゃなかった。
木浦といるのは、木浦の幼なじみで、親友。
俯いてる木浦と背中合わせで、俯いてる。
「……なあ、悔しくないのかよ」
「なにがー?」
俺が廊下にいることに気づかないまま、彼らは口火を切った。
「お前、霧佳のこと好きだったくせに」
「なーにそれ」
「バッカ、今さら誤魔化すんじゃねーよ」
「だからさー、なにがっつってんじゃん」
「……悔しかったんだろ。小学校からずっと好きだった霧佳が、相模に告白したとこ見ちゃって。そのくせ相模はあっさり振りやがるし、そのくせ友だちほしーとか言ってやがるし」
お前、結局今日まできたけどさ。
「アイツのこと、どんなふーにキズ付けんの?」
まるで、音が消えたようだった。
でも一方で、ひどく納得してる俺がいて。
ああ、つまり。
俺は木浦のことなんか信じていなかった訳で。
これは。
これは、罰なんだろうか。
溢れ返るくらいに与えられた好きを、一つも受け取ることなくただ川に流してきた、俺への。
これは、罰なんだろうか。
木浦から好きな女の子を奪っていた、俺への。
……いつ、夢が覚めるんだろうと思っていた。
高校受験で、同じところを受けて。
そろそろ、合格発表で。
一緒に見に行こうな、って、言ってくれた。
でも木浦は。
本当はずっと、俺のことなんか嫌いだったのだろうか。
木浦のことを友だちだなんて浮かれた頭で思っていたのは、俺だけだったのだろうか。
……どうしよう、なんて、思わない。
俺は、木浦のことを何も知ろうとしていなかった。だから、誕生日も好きなことも嫌いなことも知らない。
なにも、知らないままでいた。
知ろうとはせず、ただ、隣に来てくれる木浦のことを待っていた。
木浦のところに行きたいと思ったのは、今日が初めてだったことに気づいて。
少しずつ積もっていたものが、今日、形を作るはずだったのだと思った頃には時既に遅く。
というか、言い訳がましい、な。
ちょっとだけ笑えて、それなのに涙が滲む。
視界がぼやけて、一瞬のうちに涙が落ちた。
「……っぅ、」
ああ、情けない。
こんなふうに泣くだなんて。
まったくもって、情けないな。
こんな俺は、つまらなかっただろう。
何一つ面白いことの出来ない俺は、まるでぎこちなく木浦の名前を呼んで、隣を歩く俺は。
とても、つまらない人間だったろう。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
木浦の、大切な人が誰かも、俺にはわからない。
ごめんなさい。
俺は、木浦のことを何も知らなかった。
聞きたくないだなんて耳を塞ぐのは簡単。
でも、それじゃあ木浦の心は満たされないかもしれない。
それはきっと木浦にとっての復讐で、俺にとっての罪滅ぼしの土台。
最初から、決めていたことがある。
笑って、手をつないでくれる木浦を見ながら。
俺は、決めていたことがあった。
──もし、木浦が俺に何かを望むとき。
俺は、喜んで木浦の望みに沿うのだと。
木浦が彼女が欲しいというのならいくらでも女の子を紹介しようと思っていたし、木浦が解らないという問題があれば理解するまで付き合おうと思っていた。
俺は、木浦の笑った顔が好き。
これが、どんな好きかは正直まだわからない。
だってこんなふうに誰かのため、を考えたことはなかった。
喜んでもらいたい、笑ってほしい。
そんな、殊勝で綺麗なこと、考えたこともなかった。
木浦が今望んでいること。
それはきっと、俺を疵付けること。
木浦の幼なじみで親友の彼が言った通り、木浦が俺を裏切れば俺は容易く疵付く。
でも、木浦は優しすぎる。
優しい、ひと。
だから、木浦が本当に俺を疵付けて満足できるかが判らない。判断のしようがない。
木浦は、何を望むだろう。
俺が疵付くこと。
それは、でも、……───ほんとうに?
俺は考えた。
誰もいないくつ箱で、壁にもたれ掛かって。
俺は、考え込んだ。
そして、ふと、思い付く。
───俺が木浦の前から消える、ってのは、どうだろうか?
まるでそれは名案のように思えた。
これだ、それだ、そうすれば。
かつてないほどに沸き上がる歓喜。
学校は変えられない。
今さら変更なんて出来ない。
だけど。
俺が、目立たなくなることくらい、出来る。
目立つ髪色も、顔立ちも。
全部隠してしまえばいい。
同姓同名ではバレるかもしれない。
なら、いいや。
下手に隠す方が怪しい。
それならいっそのこと堂々として、でも出身中を変えてしまえばいい。
この中学に通っていた俺としては、女の子たちはともかく、木浦にメールを打って。
まだ受験に合格しているかも判らない状況で転校(っていう表現が正しいのかは置いといて)する旨を伝える。
直接言う勇気はないし、嘘がバレても困る。
俺の、初めての友だち。
木浦が苦しいなら、俺を消してしまえばいい。
誤って木浦が後悔するくらいなら、俺を離して遠ざけてしまえばいい。
木浦。
俺、本当に、嬉しくて、楽しかったから。
心の底から笑ったこと、笑えたこと。
何一つ、悔しいだなんて思えない。
俺を騙して、疵付けようとしていたのだとしても。
木浦は俺に楽しさを教えてくれた。
木浦は俺を、輪の中に入れてくれた。
だから、何一つ。
傷くも痒くもないんだ。
足音が聞こえる。
「相模ー!」
木浦の声がする。
「用事終わったかー?」
いつもの、声がする。
「終わったよ、待たせてごめん」
俺は?
俺は、ちゃんと、いつも通り?
どこもおかしくない? 変じゃ、ない?
「さっすがー! もってもてなヤツは大変ですなー!」
きっと大丈夫。
だって木浦が、何も言わない。
へらって笑って、帰ろうぜと促す言葉。
俺は、ようやく、木浦の隣に行ける。
いつも通り隣を歩いて、歩いて、歩いて。
最後だなんてことは口にはしない。
平気な顔をして手を振る。
平然と背を向ける。
駆けたり、しない。
もう二度と歩けないだろう隣を思って、でも、振り返ったりは、しない。
───ようやく解ったような気がする。
溢れ返りそうなほどに与えられた好きって感情。
女の子たちが口にした、聞いてくれてありがとう、って言葉も。
今ならちょっとだけ、解ったような気がする。
自覚して、一日も過ぎぬまま。
俺の初恋は、こうして叶わないことが決定した。
読了ありがとうございました。




