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短編 三題噺

三題噺 [部屋] [氷山] [掃除夫(婦)]

作者: Win-CL

 僕の職業は、掃除夫だ。


 電話一本で掃除が必要な場所まで駆けつけ――

 髪の毛一本、埃の一つも残さず掃除する。


 元々、几帳面な性格だったため、掃除は嫌いじゃなかった。

 むしろ、やればやるほど気分が清々しくなる。

 家事の中でも好きな部類に入るだろう。


 “掃除は”好きだった。


 “普通の掃除”なら……大好きだった。






 この掃除夫の仕事をしている上で、大きな問題が二つある。


 よくある依頼は、死体の処理だろうか。


 特にこの街では組織間での争いがよくある。

 そのため、“そういったものの処理”をよく頼まれていた。


 最初は死体なんて見るのも怖くて、所長に涙目で縋ったものの――

『掃除屋が仕事を選んでどうする』の一言で、ばっさりと切り捨てられてしまった。


「こんな仕事がしたかったワケじゃないんだけどなぁ……」


 愚痴りながらも、これも仕事と無理やりに奮い立たせて。

 極めて無意識に体を動かすことに努めたのはいい思い出だ。


 自分と歳が近い先輩が言うには――

 この程度だったら二、三年働けば全く気にならなくなるらしい。

 ――が、初めての仕事から一年経った今でも嫌悪感が拭えない。


「やっぱり、入る会社間違えたかなぁ……」


 これが、“問題”の一つ目である。


 そして――この仕事のもう一つの問題が、この事務所の奥の部屋。


「あ゛ー、疲れた……。

 これ、今週いっぱいお休み貰わないと割に合わないですよ所長ー」


 先輩が例の部屋から出てきた。

 なぜだか、ごつい防護服を纏って。


 緑色だか青色だか分からない液体を纏って。


 ……害虫駆除でも行ったのだろうか。


「文句を言うんじゃねぇよ、こんなん序の口だ、馬鹿」


 この部屋はどうにも、特殊な掃除を行う必要があるらしく。

 だいたい月に一度、誰かが入っては数週間後に出てくる。


 所長曰く――

 十分に訓練を積んだプロにしか任せられない、特別な仕事らしい。


「お疲れさまです、先輩」

「あぁ、お疲れー」


「……いったい何を掃除したら、そんな状態になるんですか」

「んー……秘密かなぁ。“今は”、ね」


 謎の言葉を残して、いそいそとシャワールームに引っ込んでいく。


「?」


 どういう意味なのか聞いてみようか……。


 先輩が出てくるのを待っていると、背中から所長の声が飛んできた。


「おい、仕事だ。ぼさっとするな。防寒着を忘れるなよ」

「あ、はい」


 ……防寒着?






 用意されていた防寒着をさっさと着込んで、所長のいるカウンターまで向かう。


「あー、なんだ。お前もここで働いて一年近くになる……。

 ここらでそろそろ新しい仕事を教えてやろうかと思う」


 席を立って、ちょいちょいと“付いてこい”のジェスチャーサイン。

 そう言って連れられたのは、例の奥の部屋である。


『同じ日に二度目が来るなんて久しぶりだからな……』


 という呟きが聞こえた気がした。


「まぁ、簡単な方だろう。

 今は人手が足りないし、練習に丁度いいということで――

 今回は、この部屋の掃除をお前に任せる」

「……はい、わかりました」


 もこもこした防寒着によって、完全防備状態のまま返事をする。

 正直かなり暑い。


「それじゃあ行って来い。掃除が終わるまで帰ってくるなよ」


 所長がレバーを引くと、扉がゆっくりと開いた。


 さぁ、鬼が出るか蛇が出るか――


 …………!


「寒――!?」


 防寒着を着ているにも関わらず、肌が痛くなるほどの冷気に襲われる。


「ちょっこれ、嘘でしょ? 終わるまで帰れないとか――」


 むき出しになっている顔が痛い。

 針で刺されているような、チクチクとした痛みだ。


「つべこべ言わずに……行って来やがれ!」


 強烈な蹴りによって、扉の内側へと放り込まれた。


「え――」


 扉の向こうを見た瞬間凍りついた。

 表情だけではない。身体もだ。


 眼前に広がるのは海。

 空が曇っているからか、青とは程遠い色をしている。


 そして、そこかしこに浮かんでいる氷。氷山。


 事務所の方から、様々な工具と食糧が投げ入れられていた。

 気が付くと自分が乗っていた“それ”は、……砕氷船だろうか。


「探索船の航路上だからな。二週間以内に終わらせろよ」


 そう言い残して、所長が扉を閉める。


 どうやら――

 ここら一帯の氷山を処理しろということらしい。


 まだ心の準備が――と、扉を開くも。

 既にその先は事務所には繋がっておらず、船内へ降りる階段が出迎えるだけである。


「そんな馬鹿な……」


 ここまで来ると掃除の規模じゃないだろうという突っ込みすらできず。

 極寒の海上にただ一人。開いた口がふさがらなかった。






 たっぷり二週間。


 慣れない船の操作に文字通り難航しながら――

 なんとか目立つ大きさの氷山を徹底的に壊して回った。


 氷山の中でも小型のものばかりだったのが唯一の救いだった。

 それでも――凍えるような寒さの中で、過酷だったのは違いないが。


「死ぬかと思った……」


 事務所に戻った瞬間に、急いでシャワールームに駆け込んだ。

 たっぷり一時間、熱いシャワーで芯まで凍った身体を温める。


「お疲れー。はい、コーヒー。それと所長から。特別手当だって」


 シャワールームから出たところで、先輩がコーヒーを振る舞ってくれた。


 自分が出てくるまで待っていてくれたのだろうか。

 もっと早く出てくればよかった。


 そして、今まで見たことの無いぐらい中身の入った封筒。

 先輩の言ったように、表には『特別手当』と書いてあった。


「あの部屋の掃除を任されてたんだ。

 これでやっと、プロの仲間入りだねぇ。どんな内容だったの?」


 扉の向こうに広がる極寒の世界。

 そして、たった一人で砕氷作業にあたった辛さを、これでもかと熱く語る。


「絶対、北極だった! なんか、シロクマっぽい生き物もいたし!」

「……へー、北極だったんだ。地球で良かったねぇ。

 初めての現場が近所だなんてラッキーだよ」


「……へ?」


 なにやら、嫌な予感がしてくる。


「そのうち宇宙船に入り込んだエイリアンの処理とか頼まれるようになるからさ。

 その時に死なないよう、身体、鍛えておいた方がいいよー」


 立たせることのできるぐらい分厚い封筒と、事務所奥の扉を交互に見る。


「……やっぱり、入る会社間違えたよなぁ……」


 僕らの事務所のあの部屋はきっと――


 今も日本の、世界の、宇宙の。

 どこかの汚れた場所を、探しているに違いない。

リハビリ三題噺第五弾

[部屋] [氷山] [掃除夫(婦)]


いやぁ、全く繋げ方がわからない

『部屋』*『掃除夫』は、普通の組み合わせなのに

そこで『氷山』と来ましたか・・・


むしろ、突拍子もない組み合わせだったからこそ

この程度で収まったのかも。


『別の世界につながっている部屋』という選択をとった以上

SFチックになるのは仕方のないことですね。

舞台が宇宙にまで広がってしまいました。


これが後々、殺し屋ものになるのか。

異星人と戦うものになるのか。

ひたすらお掃除していくだけなのか。


自分でもよくわかっていません。

無限の可能性を秘めてるね、困ったね。


もしかしたら、他の作品にお掃除に出てくることも

なきにしもあらず。


そのイメージが浮かべば、ですが。


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