休息
オブフールの森を抜けた。
空は茜色でゆっくり流れる雲と何処かへ飛んでいく鳥の集団が見えた。
正面はまた草原と街道という変わらない風景に遠くにポツンと佇む一軒家があるだけだった。
こんなところに一軒家?と思うかもしれないが、近くで見ると宿屋だった。
このままアミュエスの街まで歩けば着いたときには夜だし、疲れやキズによりシャリアの限界が近いため宿屋を利用することにした。
「いらっしゃいませ。本日は『ロディック』をご利用頂き誠にありがとうございます。お客様、本日が初めてですか?」
元気があり、声が高い受付嬢だった。
受付嬢といってもまだ12、3にみえる容姿だった。
「ええ。初めてね。」
「かしこまりました。それでは簡単にご説明させていただいてもよろしいですか?」
「ごめんなさい。ちょっと疲れてるから早く休みたいかな。お部屋あるかしら?これで足りる?」
金貨を適当に5枚ほど出した。
この世界の通貨は共通で銅貨、銀貨、金貨の順で価値が高いが、王族であるシャリアは金銭感覚がなく、しかも城から金貨を大量に持ってきている。
しかし、受付嬢はえ?という反応をして固まっていた。
その反応で不安になり
「…もしかして足りなかった?」
と聞けば首を横に高速で振り、いきなり後ろへ下がっていった。
すぐに出てきたと思ったら、なにやらもう一人連れてきた。
「あなたかい。こんな宿屋にそんな大金で泊まろうとする人は。金貨1枚でもこちらは大喜びなのにこんな頂いても良いのかしら。」
「オブフールの森を抜けてきたけど疲れたし、夜も近いからどうしても泊まりたくて。」
「なるほどね。ホントに5枚も貰ってもいいの?」
「ええ。いいわ。」
「よーしミリヤ。この方をお部屋にご案内してあげなさい。丁重に扱うのよ。何て言ったて金貨5枚も貰っているからね。多分食事も部屋でとりたいと思うから持っててあげなさい。」
「は、は、はい。お母さん。」
周りをみると食事スペースがあり、匂いも漂ってくる。
部屋は2階だということで、疲れているので1階で食事させれないとでも察してくれたのだろう。助かる。
すぐにミリヤと呼ばれた受付嬢が高い声で「ご案内します!」と先導し、2階の一番奥の部屋に連れてかれた。
「ここがうちの宿屋で最もいい部屋です。本当は説明とかするんですけど、要らなそう…ですよね。はは。」
最もいい部屋といっても、それは宿屋ならでの話だ。
だが、疲れをとれるならどこでもいいやとシャリアは思った。
「お食事はどうなさいますか?」
「いただくわ。」
「かしこまりました。ただいまお持ちいたします。」
「あ、待って。このアレク──ワンちゃんにも持ってきてくれる?」
「はい。かしこまりました。それでは失礼いたします。」
音をたてず扉を閉めていった。
すぐさま荷物をベッドの隣に置き、自分は柔らかいベッドに腰をかけた。
近くの棚におしぼりが置いてあったので、初雪スライムの粘液を拭いた。
しばらくして、ノックの音がなり失礼いたします。とミリヤが食事を持って現れた。
「もし、足りない場合は扉の横にあるベルを鳴らしてください。すぐにきます。それでは失礼いたします。」
また音をたてず扉を閉めた。
食欲はあまりなかったが食事をとった。
アレクは食べずらそうで、時折口へ運ぶなどして手伝った。
最初は抵抗したが、しばらくしたら受け入れたように食事をしていた。
食事が終わり、すぐにキズの手当てに移る。
まずは踵から。
包帯には赤黒い血が付いていた。
だが、最もいい部屋と言っても包帯がピンポイントで部屋にある宿屋はないだろう。
先ほど説明されたベルを押そうとしたが、アレクが先にジャンプをしてベルを押した。
今度は母親のほうが来た。
「失礼するよ。なにか必要かい?」
「ええ。足をケガしてて。」
「うーん。ちょっと見せな。…なるほどね。少し待ってなさい。」
道具もないので待つしかないので待っていると、手には薬草と道具を持ってきた。
「この薬草は切りキズに効くからね。痛いけど。少し我慢しな。」
磨り潰した薬草を傷口に塗られる。
痛みを感じるが、片眉が動く程度であの戦闘中が一番痛みが酷かったので我慢できた。
「はいよ。出来上がり。他に怪我してるところは?これくらいならとことんサービスするよ。」
「あと、モンスターと戦って思いっきり背中を打ち付けて…」
「背中かい?どれどれ。あー…確かに痣があるね。並のモンスターじゃなかったのかい?」
「うーんと、森のなかに大きい猪がいて。」
「ああ。あのデカ猪かい。それは災難だったね。猪のせいで足止めされてここに泊まってる人もいるからね。大変だったろう。」
「確かに私だけなら死んでいたわ。」
「私だけ…かい。何処かの兵士にでも助けてもらったのかい?」
「この犬…アレクって言うんだけど、アレクが──」
「気を引いて逃げたっていう訳かい。随分と飼い主思いだね。感謝しないとね。その犬に。」
「いえ…あの猪は倒しました。」
「…流石に冗談は止しておくれよ。アミュエスの兵士だけど3人くらいでデカ猪と戦って返り討ちにされるほどのをかい?しかも…この犬がかい?」
「ええ。でなければこのキズで生きてここにはいないわね。背中を打ち付けたときは立つことさえ辛かったわ。」
「そうかい。でも、にわかに信じがたいね。」
「そうでしょうね。信じなくてもいいわ。けど、あの猪はいないということは事実よ。」
「まぁ、あとでまたアミュエスの兵士を引っ張って確かめるとするよ。さてと、できる範囲の治療は終わったよ。」
「ありがとうございます。ちょっとは楽になりました。」
「明日にはだいぶ良くなってると思うよ。それじゃ下がるからまた何かあったら呼びなよ。」
「はい。」
やがて扉が閉まった後には静寂しかなかった。
怪我は楽になったとはいえ、動きたくなかった。
このままもう少し…と自分がはしたないと思いつつ徐々に意識がなくなってきた。
†
「ん…。」
気がついたらベットの上で俯せのまま大の字で寝ていた。
部屋に違和感があると思ったが、そういえばここは城でなく宿屋だと思い出した。
いつの間にか、しかも女として最悪な姿で寝てしまったことに嫌気がさしていた。
アレクを探す。ドアの近くで体を丸めていた。
犬みたいだなと思うが犬なのだ。
アレクを起こさずに部屋にあるシャワールームを使う。
だが、使い方が分からずいきなり水が出て悲鳴をあげた。
一瞬だが、悲鳴が大きかったためアレクが起きて駆けつける。
しかし、アレクも仮眠を取っていたしシャリアがいた場所がどのような場所かも知らなかった。
ドアを開けると先程よりも大きい悲鳴があがった。
無事、シャワーを浴び終わるとアレクは精一杯犬なりの土下座をしていた。
アレクの前にしゃがみ、頭を撫でた。
「不可抗力よね?アレク。今回は許してあげるわ。今回だけは。」
アレクはいつもより冷たい主の声にブルッとした。
そして撫でられてはいるが雑な撫で方だなと犬歴2日で感じられた。
コンコン。とアレクには救いのノックが鳴った。
「朝食を持って参りました。」
と、朝から笑顔で明るく元気な声で部屋のテーブルに朝食を置いた。
「はいこれ。ワンちゃんの分だよ。」
アレクの分も忘れず持ってきていた。
それでは失礼いたします。と礼儀正しく去っていった。
「さて…これ食べて出発しよっか。」
「ワン!」
ミリヤの介入で先程のことを忘れ、今日のこれからを考え始めたのであった。
†
─宿屋ロディック一階─
「ありがとうございました。」
ミリヤの声で母親も出てくる。
「もういくのかい?」
「はい。アミュエスの街に行きます。」
「詮索はしないが…もしまたウチを利用することがあればおいで。その時はタダで泊まらせるよ。それでも金貨5枚分じゃないけどね。」
「機会があればまた来ますね。」
「待ってるよ。それじゃ行ってらっしゃい。」
宿屋ロディックを出る。
外は昨日と同じように暖かい風が吹き、草がなびいている。
「さて、アミュエスの街か…。街ってどんなのかな。さてと…行こうか。アレク。」
「ワン!」
二人は昨日と変わらぬことない道を歩き始めアミュエスの街へ向かった。