贖罪
オレンジ色が薄くなってきた時間。
シャリアの目の前には、紺色の体に特徴的な金色の鬣を纏った犬がいた。
愛らしいつぶらな瞳で見つめては吠えた。
犬は呆然と見ているシャリアに気づき、辺りを歩き始めた。
犬は、石像の前で止まりもう一度吠えた。
目の前にいた犬しか見ていなかったので、そのとき初めて石像が1つ減っていることに気づいた。
「…アレクなの?」
「わう!」
アレクの名前に反応した犬はシャリアのもとへ駆け寄ってきた。
シャリアは息をのみ、しゃがみだし右手を差し出す。
「すぅー……アレク、お手。」
「わう!」
「アレク、お座り。」
「がう!」
「アレク、二足歩行。」
「わう…くぅーん。」
流石に二足歩行は犬には無理なようだ。
立ち上がったはいいが、直立を保てず背中から床に転んだ。
「おいで…。」
アレクと確信し、抱きしめる。
先ほどの石像とは違い、あたたかい。
抱きしめる強さが少しずつ強くなっていた。
どうやら、私の言葉はアレクには伝わるが、アレクの言葉は私には分からないようだ。
と、しばらく考えていた。
「くぅーん。」
声が聞こえると同時に、鎖骨に何度か肉球が当たる。
どうやら犬には辛いようだ。
「あ、ごめんね。」
力を抜き、抱きしめるのを止めた。
床に足をつけたアレクだったが顔を上げようとはしなかった。
「どうしたの?アレク?」
尋ねると前足で私のことを指しているようだった。
何かと思い、自分を見る。
そういえば…下着姿だった。
下着と言ってもレオタードなのだが。
それでもアレクには刺激が強いようだ。
衣装入れの一番上にあったのもあり、すぐに着れるワンピースを選んだ。
踵を床につけぬよう先程から気をつけており、つま先を使い立ち上がったが、体勢を崩し踵をつけてしまう。
「痛い痛い痛い。」
扉の破片が刺さっているため、体重をかけてしまい食い込んでしまった。
そのため出血している。
「破片取らないと…。すぐ着替えて医務室に行くわよ。」
踵をつけぬよう気をつけながら、暗くなり始めた廊下を二人?で歩いた。
─キングロッド城1階医務室─
「よし。完成。」
破片を取り除き、刺さっていた箇所に何重にも重ねた布と包帯を巻いた。
床をドン!と踏まないかぎり痛みはない。
強度を確かめるため医務室をぐるぐる歩いていた。
確認し終わったシャリアは、窓を開けて中庭を見た。
「よく昔はここで遊んだっけ。」
子供の頃に3人で何をするにも中庭に集まり、中庭から始まった。
私とアレクと…あと誰だっけ?
アリアではない。なぜならもう一人は男の子だった。
そして…なぜ、いつから遊ばなくなったっけ?
「今はいいか。…一応謁見の間に行きましょうか。」
きっと希望はない。
けれど、今は現実を受け入れなければいけない。
それが私の生きている使命だから。
─キングロッド城謁見の間─
「暗くて何も見えない。明かりどこだっけ…」
暗闇と生臭さが漂う。
謁見の間にシャリアはあまり近づかなかったため、どこになにがあるか把握していない。
「わん!」
アレクのおかげで明かりを見つけた。
謁見の間に明かりがつくと大体想像通りだった。
「みんな…石になってる。」
玉座から立ち上がって指示を出している父や、私たちを逃がすために戦っていただろう兵士たちの姿があった。
生臭さの原因は、ここに急いで入ってきた兵士がウルスに殺されてしばらくたったからだ。
「ごめんなさい。みんな…ごめんなさい。」
どうしようも出来ない罪悪感がこみあがる。
これが…私の罪。
逃れられない現実。
だが、こんな最悪な状況でも犬となってしまったアレクがいる。
二人で罪を認めて一緒に暮らす。
悪くはない…そんなわけ。
これは正義ではない。
これは逃げではない。
ただ、罪を背負って生きることは嫌だし無理だしいずれは耐えきれずに死を選ぶだろう。
これは選択だ。
これは償いだ。
これは運命だ。
ならば…答えは──
「ねぇ…アレク。私はこの罪を認めてこれから生きていく自信がない。ただ、じっとしているのも嫌。
それに、可能性があるかもしれない。」
アレクは本来なら止めているだろう。
でも、黙って聞いている。
私の覚悟を。
「私は旅に出る。あなたは犬になったけど、みんなは石像から元に戻せるかもしれない。それを探しに行きたい。私の命が続くかぎり。」
これが私の選択。
これが私の想い。
これが私の贖罪。
「みんなに繋いでもらった命をもしかしたら無駄にするかもしれない。それでも…私は希望を求めて生きる!」
アレクはしばらく目を閉じていた。
やがて私の足元にきてワン!と吠えた。
「アレク…いいんだよね?」
「ワン!」
「ありがとう。もちろんアレクも行くよね?だって、いきなり犬になって不自由なのにお留守番ってのも辛いもんね。」
「ワン!」
私はしゃがみながらアレクの頭を撫でた。
ふさふさの毛先の感触が堪らなかった。
やがて立ち上がった。
「今すぐ旅立ちたい気持ちもあるけど…外が真っ暗だもんね。分かってるわよアレク。出発は明日の朝にしましょう。」
外には魔物が出る。
そこまで凶暴ではないらしいが、夜は危険だ。
しかも、今までのほほんと生きていた私と犬のアレクだ。
焦るな。焦るな。と自分に言い聞かせた。
「じゃあもう遅いし寝ようか。アレク…今日は、今日だけはそばにいてね。」
アレクはコクッと頷き付いてきてくれた。
1日で色んなことが起こったので寝床につくといつの間にか意識が遠ざかっていた。
こうしてシャリア・ディステネの16歳の誕生日が終わった。