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鬼伐ち  作者: 紫氷
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第2夜―紅の稲妻



――闇の中を、ただ走り続ける。




息は既に上がりきっており、脚の筋肉が悲鳴を上げている。


それでも構わず、走り続ける。






――死の恐怖から逃れるために。











淹れたばかりの熱い緑茶を啜り、一真は視線を上に向けた。



見上げた天井は、築10数年の家屋にしては珍しく、ほぼ染み1つ無く、

いかにも真新しく見える。


「……」


一真は天井から、手に持った湯呑みの中に目を落とした。

底には茶葉が沈殿し、湯呑を傾けた時の中身の動きに従って、ゆらゆらと

舞っている。






身近にあるものも、遠くに見えるものも、全てがいつもと何一つ変わらない。


人は、それを「日常」と呼ぶ。

食事を摂ることも、眠ることも、誰かと笑い合うことも。

それはつまり、生きる事を、「日常」という言葉の意味と同意義にすること。





では、その「日常」がもし、破壊されてしまったとしたら……?


他の人はどうするだろうか。「日常」を奪われたことに涙するか、それとも

怒りを剥き出しにして吠えるだろうか。





「ふぅ……」


そこまで考えた一真は、小さく溜め息をついた。


そんな事を考えたところで、自分の身に降りかかった出来事を

無かったことにすることなどできないし、忘れることもできそうにない。

思案に暮れて疲れるだけだ。


「さて、と……」


一真は、我に返ったようにリビングのソファから立ち上がると、

畳んだばかりの洗濯物の中からバスタオルを引っ張り出し、

廊下に続くドアに手を掛ける。








そう、無駄なこと。



嘆こうが足掻こうが、己の元に訪れた、「非日常」を払拭することなど、

出来はしないのだから――。




















「はぁ……ッ!」




「ギャアアアアアアッ!?」

スコールの様に降り注ぐ血飛沫。




腕に伝わる、肉を切り裂く感触。






一体いつまで、それらを浴び、感じなければならないのだろう。



これが自分に与えられた、運命なのだろうか。



これが自分の歩むべき、道なのだろうか。





もし、そうだとしたら――。












一真は再び、「非日常」に襲われた。




目の前には再び、死の象徴である巨躯が立ち塞がっていた。


その傍らには、無残にも頭を潰され、やはり心臓を抉られた

初老の男性が横たわっていた。




(やっぱり、コイツらがやってたんだな……!)



歯噛みしながら、ソレを見やる。


この前現れたものとは違い、体色は緑色で、目が2つある。

凶暴な風体と、鼻が曲がりそうな腐臭は変わらないが。








(く……ッ、どうする!?)


周りを見渡せば、灯りのない住宅街が広がっているだけだ。

以前と同じく、自分以外に、生きた人間がいる様には思えない。



そして、何より不味いことは――、


「ガァァァァァッ!!」


「くそッ、アレは出てこないのか!?」





そう、あの時自分の危機を救った太刀、風神ノ大太刀が現れないのだ。


(どうしてなんだよ……!『目覚める』だのどうだのって、

 アレが使えるようになるんじゃないのか!?)



一真は、徐々に焦りを覚え始める。そんな彼を追い詰めるために、

「鬼」は一歩一歩、彼に近づいて行く。









しかし次の瞬間、一真の横を、黒い影が走り抜けて行った。

その影の正体は、自分に迫る「鬼」に猛然と突っ込んでいく、

まだ若い青年だった。







躊躇うことなく疾走する彼の手には、一振りの太刀が握られていた。


緩やかにカーブを描く、日本刀の様なフォルムは、一真の手の中に

現れた、風神ノ大太刀と似通った特徴を持っている。

だが、彼のもつ太刀は、風神ノ大太刀とは打って変わった色をしている。


風神ノ大太刀が白と銀を基調とした、高貴な彩りに対し、

刀身は、荒々しく波打つ突起が付いた峰部分が黒、刃が紅に染まっている。

鍔はシンプルに楕円形をしており、柄も、無造作に黒い布が

ぐるぐると巻きつけられているだけだ。


無機質でありながら、どこか禍々しい雰囲気を醸し出す武器であった。





「ガァァァァァァッ!!」


突如現れた介入者に、「鬼」は威嚇の咆哮を上げる。

常人なら立ち竦むようなそれを意にも介さず、「鬼」に向かっていく。



「鬼」は、彼を迎え撃つべく、その巨体を揺らして走り出す。

やはり、想像できないような速度で。







――2つの影が重なろうとするまさにその瞬間、片方が消えた。


消えたのは青年の方だった。彼は、掴みかかろうとする「鬼」の

腕を踏み台とし、一気に跳躍したのだ。



その光景に、一真は既視感を覚えた。



そう、それはほんの数日前の出来事。誰かに意識を乗っ取られた際、

自分がして見せた、常人を超えた跳躍力。

目の前に現れた謎の青年も、それをして見せたのだ。


(アイツ……一体……?)


そこからは、ほんの一瞬だった。


彼が空中で太刀を振りかぶった次の瞬間、その手に持つ得物の紅い刃が、

突然輝き出したのだ。それもぼんやりとではなく、闇に染まった街を

照らすような輝きだった。刀身の周囲には、紅黒い稲妻が迸っている。




「だぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


彼はその太刀を、落下の勢いと自身の体重に乗せて、眼下の

異形に振り下ろす。






血の様な色の稲妻をその身に纏わせ、「鬼」の肩口に食らいつく太刀。


そこからバチバチと音を立て、刃は「鬼」の肉を掻き分け、進んでいく。

驚くほど滑らかで、流麗に。



「はぁ……ッ!」


「ガッ……!?」













一瞬で、ソレは終わった。



その身に斬撃を受けた「鬼」は、きらびやかな光の粒子と化し、

何処かに昇華されていった。







「大丈夫か?」


気が付けば、青年が自らの前に立ち、その右手を差し出していた。

いつの間にか、その場にへたり込んでしまっていた。



「あ……」


どこか虚ろな表情で、一真は、その手を握る。




立ち上がった一真に、青年は冷たい輝きを放つ瞳を向け――


「こういうものだ、俺達が挑む闘いというのは……」


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