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リロード  作者: 黒十二色
第一部:RE ROAD
6/125

Chapter2 想い、わずらい、文化祭-2

視点:天の声(山田ヒロアキ)→加賀遊規

  ☆


《続いてのプログラムは…………》


 舞台の裏。


 ゆっくりと舞台袖に撤収した僕らメインキャラの周りを皆が囲む。なんだか、すごく恥ずかしい感じがした。


「やったね! よかったよ!」

 クラスの女子が一人、両てハイタッチを求めてきた。


「加賀、あの時はすまんかった!」

 男子は嬉しそうに謝罪の言葉を口にした。

 クラスの男子全員から紙くず投げられていたのが信じられないくらいだぜ。


 とにかく、やり切った。色々あったけど、達成感だ。


 その後、教室まで戻ってきた。先に僕と高島さん二人だけ。

 つまり……二人きり。

「か、加賀君加賀君!」

「あ、高島さん……」


 なんか、ものすごく恥ずかしいな。


「よ、良かったね。成功して!」

 相手も恥ずかしいのは同じらしく、顔が赤い。完熟した果物みたいに真っ赤だ。


「な、なんか、ドキドキしたねー」


「うん。高島さんが引っ張ってくれたおかげで頑張れたよ。ありがとう」


「あはは、ごめんね、予定にないことばっかりやって」

 高島さんは苦笑しながらそんなことを言っていた。


「ごめん」

 僕も、謝らねばならないことがある。


「何が?」


「ほら、あの……『姫』って言うとこ思いっきり『高島さん』って呼んじゃって」


 しかし姫は、いや高島さんは笑顔で、

「別にいいよー、加賀君のほうが恥ずかしかったでしょ?」


「ああ、恥ずかしかった。というか、今もなんかすげぇ恥ずかしいんだけどね」


「あたしも少しは……」

 やっぱり、視線、合わせらんないよな。


「ねぇ、加賀君」


「何?」


「……ねぇセバスチャン」


「何で言いなお――」


「キスしよっか」


「え?」


 時間が、止まったかと思った。いや、もしかしたら本当に止まったのかも知れない。


 誰もいない教室。

 掃除する時のように机は後ろに下げられ、広いスペースのがある。

 そんな教室の真ん中で。


 キス?


 キスって、あれか、キスのことだよな。


 僕は高島さんのこと好きだ。確かに好きだ。大好きの領域に入れてしまってもいい。


 でも、好きだけどそれは恋のそれなのかどうかわからなくて……ここで唇を奪ってしまえばそれがわかるかどうかなんて、わからないけど、ああだめだ。思考が止まった。


 そして動きも止まった。金縛りみたいに動けない。


 どうしよう、どうしたらいい!


 その時だった!


 ガラッ……と扉が開いて、新渡戸とヒロアキ、そして霧野みやこ。その他の皆も次々に戻ってきた。「おわったねー」とか「やったねー」とか言いながら。何人かはハイタッチを求めながら。


 しなくてよかった! キスしなくてよかった!


「なーんてね。びっくりした?」

 高島さんは、冗談だよん、といった口調で言った。


「う、うん」

 二人して顔赤くしてたと思う。本当に冗談なのかな。たぶん、冗談なんかじゃなかったんだろうと思うけど。なんて思い上がりか。そう思うことにしておこう。


「よっラブラブじゃんお二人さん」


 入ってくるなり新渡戸が、二人でいたことをからかってくる。まぁ仕方ないな。舞台上で告白したみたいなものだし。


「いやぁ申し訳ない」

 照れ隠しにヘラヘラしながら謝っておいた。


「まぁ、なんていうかな、これも計算通り! 恥ずかしかったろう? なぁ?」

 そんな風に言いつつ親指を立てる新渡戸に対して、僕は、


「ああ、すっごく恥ずかしかった。恥ずかしかったついでにトイレいってくるわ」

 などと言い残して教室を出る。


「おう、いってこい」


 なんとなく恥ずかしい思いから逃れたかった。

 ああ、なんだか疲れたな。と、そんなことを思いつつ、廊下に出たところで、


「加賀……くん……」

 か細い声が聞こえた。


 振り返ると、髪の長い、背の高い少女。黒い衣を纏ったままの霧野みやこが恥ずかしそうに立っていた。そして、これまた小さな声で、続けて、


「あ、ありがとう」

 何に対する礼だろうか。僕は霧野さんに何もしてない。劇に誘ってくれたとかそんなのは僕がやったわけでもないしな、考えても思いつかない。


「うーん、礼なら新渡戸に言いなよ。喜ぶぜ」

 僕はこれまた照れ隠しに格好つけながら言って、霧野さんに背を向け、トイレに向かおうとしたのだが、


「私、私、も」


「え?」

 何か言おうとしているようなのでもう一度振り返る。すると彼女は、こう言った。


「私も、加賀くんのこと好き……です」


「え? え?」

 戸惑う僕を置き去りに、彼女は僕から顔が見えないようにして教室へ戻っていった。


 あれ…………。

 ……え、えっと…………混乱してくるな。

 突然のことで。


 え? あれ? つまり、何だ? これは、あれか。何だ。


 気になっている女子二人から想いを寄せられる僕?


 漫画みたいだな。あはは。どうしよう……。


 これどうしよう。


 混乱しっぱなしの頭を抱えたい状態のまま用を足して戻ると男子が全員廊下へ出ていた。


「お、加賀。遅かったな」


「なんだ、またか?」


「いいや、小の方だ」

 一人になって気持ちを落ち着けていたのだ。ちょっとハートがヒートしすぎていたから。


 新渡戸とヒロアキが変わらず僕と接してくれていることに安心を覚える。こんな馬鹿な会話でもね。そして僕は訊く。


「女子は、まだ着替え中?」


「ああ。のぞくなよ、セバスチャン」


「当たり前だろ! のぞいたことなんかねえよ!」

 前のアレは事故だしな。そうはいっても嘘になるんだろうな、結果だけ考えると。嘘はいけないのだが、ついつい口から出てしまうから困ったものだ。


「いやぁしかし、すごかったな、告白」

 とヒロアキが言って、新渡戸が深々と頷く。二人してはやし立ててくる。


「お前らなぁ……」


 僕の声真似をして新渡戸が言う。

「ボクが一番、高島さんを愛しているんだから!」


 ああもう。


「やめろ!」

 やめてくれ!


「着替え終わったよ~」

 高島さんが声をかけに出てきた。


 目が合って、なんだか意識してしまって逸らしてしまった。恥ずかしいなぁ、もう。


  ★


 さて、クラスメイトの何人かは部活の出し物を手伝いに行き、もう何人かはグループで文化祭を回ると言って分かれた。帰る人もいて、最終的に残ったのは――。


「お前らよっぽど暇なんだな」


「新渡戸に言われたくないと思うけどね」


「ねぇ、この五人で回らない?」


 五人。

 結局残ったのは僕と新渡戸とヒロアキと、高島さんと霧野さん。


「お、いいねぇ、どうよ、霧野さんも」


「……うん」

 無表情で、深く頷いた。


 ということで初日の残り時間、五人で回った。


 とても楽しかったことを記憶しているんだけど、僕の頭は他の事――高島さんと霧野さんのこと――でいっぱいいっぱいで、何がどう楽しかったかなんてディティールは覚えていない。我ながら情けないことだ。


 新渡戸がいつものように変なこと言って、僕やヒロアキが反応して、時には僕やヒロアキがおかしなこと言ったりして。元気な高島さんが笑ってくれて。霧野みやこはただ静かに立っていて、たまに本当に小さく微笑んで。


 そんな風景が僕は好きで、幸せだって思った。

 ずっと一緒にいられたらいいなって思ったんだ。

 以前よりも、もっと強く。


  ★


 次の日、学園祭二日目。


 昨晩は楽しい気分を抱えて家に帰った後、大変に思い出深いものとなった一日を振り返り、少しのたうち回り、また考えるのを放棄して寝てしまった。我ながら情けないことだ。


 さて、今日は学園祭二日目である。当然皆来るものと思っていたんだけど、新渡戸はサボり、ヒロアキもサボり。いくら出席しなくてもいいからってなぁ、不真面目だよな、あいつら。せっかくのお祭りなのに。


 しかも、高島さんの姿も見当たらないし、一人で回ろうかと思ったら、ボケーッと突っ立っている霧野さんを発見。


 というわけで今、霧野みやこと二人きりで実学祭二日目を満喫中である。わずかな気まずさはあるけれど、美しい彼女と並んで歩けることは結構な幸運だと思うんだ。


「霧野さん?」


「…………」

 無言を返し、視線だけくれた。


「どっか行きたいとこある?」

 彼女はずいぶん溜めた後に、表情のない声で、


「……わっふる」

 女の子っぽい!


 って、そんなこともないか。食べ物に男っぽい女っぽいとか気にしてたら甘いもの食べにくくなるしな。


「ワッフル……って目の前にあるね。入ろうか」

 目に入った単語を言っただけか。


 僕と霧野さんは一緒にワッフルを食べて、回転率の速さに押されながら会話なく出た。傍から見たらちょっと不審な二人かも知れない。でも僕は一緒にいられるだけでうれしかった。


 それから僕らは適当に食べ歩いて、ちゃんとした演劇部の劇を見ようという話をした後、会場へ向かっていた。


 小さな事件は、その途中に起きた。


「ねぇ霧野さん――」


「…………」

 その時、美しい顔が歪んでいた。まるで痛みをこらえるように。


 直後、右手で頭を抱えてしゃがみこむ。


「霧野さん!?」


 僕が彼女に駆け寄ろうとすると、彼女は僕の目の前に手の平を置いて、


「……大丈夫。いつものことだから……」


 利き手で頭を抑えてるところを見ると頭痛のようだった。


「保健室いこう」


「大丈夫。劇、見る」


「ダメだよ、保健室。ね?」

 霧野みやこは視線をぐらつかせた後、


「わかった、加賀くんが、そう言うなら」


「よし、いこう」

 そう言って肩を貸した。


 背負ったり姫を扱うように抱いたりできれば格好いいんだろうけど、僕は力ないからな。霧野さん体大きいから重たいし。


 それにしても、何かの病気かな。前もこんな風に倒れかけて「いつものことだから」って言っていた気がする。あれはたしか、そう、劇の練習をしてた時だ。


 心配だ。





「さ、着いたよ」


 周囲の不思議なものを見るような視線に耐えて僕らは保健室の扉を開けた。


 だいたいの恥ずかしいことは演劇の舞台上で間違って告白することよりは恥ずかしくないものだ。そういう意味では、あの劇は、とてもいい経験になったのかもしれない。


「すいませーん。病人でーす」


「加賀くん、私、病人じゃない」


「ごめんごめん」


 保健室からの返事がなかった。保険医はいないらしい。


 考えてみると、この学校の保健室なんて初めて来たなぁ。


 勝手がわからないけど、とりあえず……。


「ベッドまで行こうか」


「うん……」


 霧野みやこの靴を脱がし、彼女をベッドに寝かせた。ついでに布団も掛けてやった。


「楽になった?」


「……横になったからって楽になるわけでもないと思う」


「う、ごめん」


 そういうもんなのか。

 頭痛について詳しくないから、わからん。


「ううん、ありがとう」

 いつになく霧野みやこは饒舌だったが、ここで暫しの沈黙が訪れた。


 静かだった。


 保健室には僕らの他に誰もいない。遠くから、かすかな喧騒が聴こえてくる。

「……私、うれしかった。あの時加賀君が話しかけてくれて」


「あの時?」


「……その、好きって……言ってくれて……」


「あ、あぁ、うん、僕もうれしかった。昨日霧野さんに言われて」

 僕は渾身の笑顔で笑いかける。本当に、嬉しかったから。


「加賀くん……」


「ん?」


 そして……彼女は、保健室特有のニオイについて考えていた僕に向かってこう言った。


「私、もうすぐ死ぬの」


「え?」


 意味がわからなかった。


 意味が、わからなかった。


 余りにも唐突だった。


 突然、バットで頭部を殴打されたみたいだった。


 意味がわからなかった。


 まっすぐ僕を見る霧野みやこの目には嘘はなく、また冗談の色もなかった。


 本気で死ぬと言っている。何で?


 病気で?


 何で。何で?


「……何で?」


 どうして?


「私は死なないかもしれない。でも、私は死ぬの」


 な、なんだそれ。え……?


 頭の良くない僕に哲学的問答を求めても価値のある回答が出来るとは全く思わない。

 一体、霧野みやこは何を言ってるんだ。


 混乱の渦の中、

「それって、どういうこと?」

 ストレートに訊き返すことを選択した。


「そのままの意味。私が、なくなる。どうしてそうなるのかとか、わからない。でも死ぬことは確か。どの道を選んでも、私は。だから、もしも本当に加賀くんが私のことを、好きでも、応えること、できない……と思う」


「死……ぬ……?」


 霧野みやこは頷いた。哀しそうな表情だった。


 全てを憂えるような目が、天井を見つめている。


「ごめんなさい」


 そう言って、寝返りをうつように背を向けてしまった。


 わけがわからない。冗談ではないらしい。でも冗談だと思いたい。


 全力で冗談であると思いたがる僕の心と僕の脳。僕はその信号を素直に受け取ろうとする。でも待って、それは逃避ではないのか?


 でもでも信じられないんだ。


 目の前で生きている彼女が、死ぬなどと。


「し、死ぬっていつの話……」


「わからない。明日かもしれないし、一年後かもしれない。でも、だから、私に、あまり関わらないほうが、いいと思う」


 その時、僕の喉の奥から、意図せずうわずった声が出た。


「そんな、だって、ちゃんとこうして……」

 冷静さを、保てない。


「私……だって、死にたくない……でも、たぶん……だからこうして加賀くんに話したのかもしれない……少しでも……希望が欲しくて」


 何も、言えなかった。

 よくわからない、形容しがたいどろどろした感情が、僕の中に生まれた。


「……もう、治ったよ。頭、いたくない。ありがとう」


「あ、あぁ」


「……今の話、忘れてくれてもいいから。加賀くんの、重荷に……なりそうだったら……」

 搾り出すような、声。


 僕に話したことを、後悔しているようだった。


 何も、言ってやれない。

 何も、訊きたくない。

 何も、考えたくない。

 そう思った。


「……行こう、劇……もう始まってる……」

 まだ苦しそうに、霧野みやこは言う。


「あ、あぁ」

 緩慢な動きでベッドから降りた霧野みやこは、僕の手を引いて体育館まで歩いて行った。


 その後、霧野みやこと演劇を見たけれど詳細どころか内容も全く頭に入らなかった。


 入るわけがない。


 ――忘れてくれていい?

 忘れられるわけがない。真剣な顔で自分が死ぬとか言われて、少しでも助けようと思わない者はきっといない。どうにかして、どうにかして……でも、何が原因で死ぬのかわからないんじゃ打つ手もない。


 知りたい。

 でもこれ以上知るのも怖い。

 どうしたらいいんだ。


 そんなことを考えているうちに演劇は終わっていたのだった。


 その後、帰ることになり、駅で霧野みやこと別れて、僕は電車に乗った。彼女とは乗る電車が違うのでいつも駅で解散となる。駅からは三方向に列車が走っていて、霧野さんと高島さんもまた、同一方向には向かわない。


 僕と新渡戸とヒロアキは、同じ列車に乗るのだが今日は二人ともいないので一人で揺られている。


「加賀くん……今日は、ありがとう」

 彼女は別れ際そう言っていた。


 僕はと言えば苦笑いで返すことしかできなかったのが情けなくて許しがたい。


 僕は帰り道でも、考えても仕方がないことを延々と考え続けて、何度も「結論はまだ出ない」という結論に至る。もしも霧野みやこが冗談や嘘であんなことを言ったのなら僕は彼女を正座させて四時間位叱り続けなくてはならないと思いついた。


 それくらい、僕を悩ませる。


 家に戻ってベッドに寝転がってもそのことばかり思い当たって苦しんだ。また苦しむべきことに明日と明後日は実学祭の代休で、学校に行ったら笑いものになる日である。何かで気を紛らわすこともできそうもない。


 ――ああ、もう。


 考えることを放棄した罰が当たったのか?


 しかしそれにしたって。


 僕の悪い頭はすぐに思考を停止してしまうけど、ここ数日の出来事は常人でも頭パンクするくらいに何ていうかな、濃い。濃すぎる。濃厚だ。


「あぁ~だめだ、明日考えよう」


 そう言って僕はベッドの上目を閉じる。新渡戸とかに相談するかな……。


 とりあえず、

「なんとかしたい」

 この意志だけは確実に抱えている。


  ★


 翌日は休日だった。


 僕はこの貴重な時間を、『ひたすら考える』という不毛な行為に費やすことにした。


 もしかしたら無理にでも体を動かしていれば、その時間だけは、全てを忘れていられるのかもしれなかったけど……。


 朝、悪夢に飛び起きた。寝入り端も悪夢。起きる時も悪夢。眠った気がしない。


 軽く朝食を摂った。ただ栄養とかカロリーとかを得るための、一種寂しい食卓である。


 朝食が終わり、溜まった洗っていない食器やら洗濯物やらを機械的に処理して机に向かった。近くに落ちていたシャープペン(2H)を拾って、おなじみ世界史のノートを開く。ペンを走らせる。


 整理してみよう。


「まず嬉しいことからだ」

 独り言が板についてきている自分には、気付かないようにしている。


  一、高島さきが僕のことが好きだという可能性が非常に高いこと。

  二、霧野みやこが僕のことが好きだという可能性が高いこと。


 素直に嬉しくて、夢みたいで、でも思うんだ。この二人のうち、僕はどちらが好きなんだろうって。どっちも同じくらい好きだと思う。でもそれはどっちも同じくらい好きじゃないことと同じで、そのどっちでも良いと思っていそうな僕を、僕は許せない。腹が立つ。


 仮にどちらか選ぶしかない状況になったとき、僕はどちらの手を取ればいいのだろう。こういうのはきっと考えて掴めることではないのではないか。とはいえ、こんなふうに考えてばかりいるうちに、二人とも僕から心を離してしまうかもしれない。それは怖いけれど、どちらかを選んでどちらかが離れていってしまうのも怖い。結局怖がりの僕には現状を維持するという発想しかないみたいだけれど、果たして本当にそれでいいんだろうか?


 それでいい気がしないと感じている僕もいる。考えれば考えるほどわからなくなって、またいつものように思考停止。熟考放棄。それで何が変わるのだろう。何が解決するだろう?


 そうは言っても、ここでずっと、西向きの机に向かって、背もたれのある椅子に座って延々と考え続けることが、何かの解決になるとも思えない。そもそも目指す解決の方向がわからないからこうしてヒトデみたいに椅子に張り付いて人間みたいに考えを巡らせているわけだ。


 ――高島さきは僕を好いてくれてる。


 いくら演技派だからといっても僕の前でそんな演技しているとも思えない。どうして僕なんかを好いてくれるのか分からないけれど、素直に嬉しい。


 僕も明るくて元気があって、可愛い高島さんが好きだ。なんか小学生みたいな理由だけど好きであることにそれほどの理由が必要なんだろうか?


 これが恋。つまり男女としての好きなのか、いわゆる友情のような人としての好きなのか、僕は判らない。どちらも手にしているという自覚なんか無かったから。


 ただ何となく、何となくだ。何となく居心地がいいからそこにいて、皆も自然にそこにいて。居場所になっていた。「何となく」に勝てる理由なんてないような気がする。僕みたいな子供が言うことでもないのかもしれないけど。


 僕は新渡戸やヒロアキ、高島さんがいて、霧野さんもいるこの場所から離れることを想像できない。想像したくない。絶対に。



 ――霧野みやこ。


 霧野みやこは綺麗。ある種の完成品と言ってしまってもいいかもしれない。


 だけど待って。だとすると僕はその霧野みやこの容姿に、ただの飾りであるような見た目に惹かれて、それで好きだと思ったんだろうか?


 否定したいけれど否定し切れない。それまで霧野みやこと話したこともなく、一ヶ月くらい前……いや違うな、二週間くらい前に話したのが最初だったんだ。それなのに「好きかもしれない」という錯覚じみた感情を抱いたのは何故なんだろう。


 考えたくないことなんだが、僕は彼女を、彼女という人間を、モノのように。人の形をした何かのように見ていたのかも知れない。霧野みやこはどう見ても人間なのに。


 その心を知りたいとかじゃなく、その感情は造形的美しさに惹かれて、一種の肉欲や性欲、支配欲といった感情に似ているのかもしれない。そんな自分だとは思いたくない。恋とか愛とか、もっと綺麗なもんだろう。僕はそう思っているのに。


 都合よく世界が回っているのなら願ってしまうかも知れない。「彼女ら二人を合体させて一人の女性にしてください」とかね。ダメだな。考えちゃいけないことだな。醜いな僕は。醜悪だな。



 ――二人が僕を好き。


 その可能性。これは嬉しいことのはずなのに、僕は嬉しさよりも違う感情に支配されている。それは何というか。寂しさとか、悲しさとか。違うかもな。これがブルーな気持ちというものなんだろうか。


 うまく表現することができない。


 ――僕が二人を好き。


 この事実。事実なのか自分の気持ちがわからない僕には判らないけど、これは喜べることではないと思う。ただ、人を好きになれているということに救いがあるとか言うのは気休めだろうか。気休めかな。こんなことで悩んでいるなんて、世界の存続について考える人たちからしたら、瑣末なことなのかもしれないな。まったく、これは現実逃


「うわ、なんか悲しくなってきた」


 僕は机に投げるように置いてあるレモン味ののど飴を口に含み、再びシャープペン(2H)を握った。


『どっちも欲しい。』


 薄い文字でそう書いたあとにガリガリと跡形も残らないように塗りつぶした。


 僕は大きく溜息を吐く。でも溜息を吐いたところで、胸の内は晴れることはない。


「よし、次の議題だ」

 僕は呟き、再びノートに文字を刻む。


  一、霧野みやこの死について

  二、(空欄)


 死。霧野みやこは死ぬらしい。


 死?


 それって、どういうことだろうか……。


 肉体を失うこと? 精神を失うこと? 魂を失うこと?


 どれが欠けても一つの死ではあると思う。

 霧野みやこは言った「死なないけど死ぬ」と。


 となれば、肉体はそのままに霧野みやこという自我が死ぬということなのか?


 そんなの僕の理解の外だ。ありえない。ありえない。


 とすると、やはり肉体の消滅か。病気……しか考えられない。そもそも、何で死ぬんだ。


 この世に死んでもいい人間なんていない。まして手の届く場所にいる、触れたことがある人が死ぬなんて、ありえない。少しでも、生きていて欲しい。


 明日にも死ぬ?


 バカな!


 忘れていい?


 バカな!


 ダメだ。もう考えたくない……。



 僕はペンを持ったままの手で、頭を抱えた。


「何で……何故……」


 うまく言葉が出てこなかった。それに対してイライラして、僕は大きめの声を出す。

 近所迷惑にならないくらいの大声。


「書いてスッキリするかっつーの!」


 シャープペン(2H)を手放し椅子から離れてベッドに横たわった。


「でも……頭の中は少し整理できたかもしれない」


 錯覚かもしれないけどね。


 口に含んだのど飴は、知らない間になくなっていた。


 僕はふと思い立ち、ポケットから携帯を取り出し新渡戸にメールを送ってみる。


「あ、し、た、ひ、ま……はてな」


 一分もしないうちに返事が来た。『暇』と一言だけ。


「遊ぼうぜ、と」


 いつからだろうか、呟きながらメールを打つのも癖になってしまっていた。一人暮らしというのも考えものだ。自分に変な癖がついてしまっても指摘してくれる他人の目が無いのだから。


 新渡戸から『じゃいつものとこで』と返ってきた。


「OK、っと」


 いつものところとは、坂の上にある新渡戸家のことである。中学三年の冬に、新渡戸が「寒いからやっぱ俺の家に集合だ」と言ったのが始まりであり、実は僕の以前住んでいた家と、ヒロアキの家との中間地点にあったことに気付いたため定着してしまった。駅に向かう途中の道でもあるし、高台にあるのでどこまでも切れ目のない都会の街は見渡せるし、文句のつけようがない。


「あぁ、ヒロアキも呼ぶかな……」


 手放した携帯を再び手に取った。





 そして翌日。僕は新渡戸の家のインターホンを鳴らす。「へーい」とかって軽い返事をしながら新渡戸が出てきた。


「おっす」

 僕が右手を挙げて、軽く挨拶すると、


「おっす」

 軽く返ってきた。


 鉄扉の先はいつも通りの新渡戸の家だった。


 大半が木材の、数年前で時間が止まったような古めの内装。庶民的とも言える。男二人暮しというのもあって飾り気のなさは僕の家と同じレベルで最高レベルだな。いや、最悪レベルと言った方がいいのかな。まぁ、どっちでもいいな。


 茶色の細長いソファに僕と新渡戸は肩を並べて座った。


 人一人分の隙間を空けて。


「今日、親父さんは?」と僕が言った。


「あぁ、店。ヒロアキは?」


「あれ? 定休日じゃなかったっけ? 火曜日」


「あー、なんか、新作パンがどうのこうのってね」


「へぇ、そりゃまた。次の昼休みが楽しみだぜ」


「で、ヒロアキはどうした?」


「あぁ、一応メール送ったんだけど、反応ないんだよね」


「ヒロアキはメールじゃ反応しないんだよ。電話じゃないと」


「へぇ。でも何で?」


「知らん。でも本人がそう言ってる」


 新渡戸は言いながら携帯電話を耳に当てた。ヒロアキに掛けているのだろう。新渡戸の携帯電話から微かにコール音が聴こえた。


「…………でねぇな。まぁ、そのうち来るだろ」


 ヒロアキがいないのは残念だ。何故かと言えば、新渡戸のことだから僕が相談もちかけてもふざけた問答にしかならないような気がするからだ。そんな不安もあるし、まだ頭の中で相談すべき事柄がまとまってないのもあって、沈黙が流れた。


 しかし、その沈黙を嫌ったのか、新渡戸がすぐに声を出す。


「で、今日はどうした? お前から誘ってくるなんて珍しいな。何年ぶりだ?」


 僕は答える。

「あー、なんか最近遊んでなかったからさ」

 嘘をついた。また、嘘を。


「そうか、久しぶりに、やるか。負けたら好きなやつに告白な」

 新渡戸はそう言うとゲーム機とテレビを配線して、ディスクをトレイに挿入、電源を入れた。テレビの画面には野球ゲームのタイトルロゴが踊っている。


「俺が配線したからって、敗戦したりしないぜ?」

 またダジャレか。


「いや、おもしろくないから」

 僕が言って、新渡戸は自嘲するように笑い、ソファに戻った。


「なぁ新渡戸。好きな奴が二人いたらどうすればいい?」


「え? うーん……俺に聞くな」

 もっともだ。自分で考えなくちゃいけない。


「新渡戸は好きな娘いないのか?」


「いるような、いないような……ま、とにかく始めるぞ」


「ああ」


 画面上でチーム選択。新渡戸は青いチームを、僕は赤いチームを選んだ。


「新渡戸、ハンデとか、ないの?」


「ないよ」


「だってお前、持ち主じゃんこれ」


「最近やってないもん」


「やってないって証拠はないじゃん」


「でもハンデありで負けたら、どうする? 追徴課税だぜ?」


「ぐ、具体的には?」


「まぁ勝てばいいじゃん勝てばさ」


 試合開始ボタンが押された。


「プレイボール」

 ゲームの中の審判が試合開始を告げる。


  ★


 しばらく静かにゲームをしていたが、僕の方から沈黙を破った。

「新渡戸」


「なんだよ」


「自分を好いてくれている人が死ぬとしたら、お前ならどうする?」


 そしたら新渡戸はこう言った。

「死なせない。死んでも……」

 真面目な声で。


「死んでも?」


「いや……なんでそんなこと急に?」


「いや、ちょっとな……」


 赤いヘルメットが三振して地面に尻餅をついていた。


 またしても沈黙が訪れた。

 沈黙を破ったのは、新渡戸のほう。


「加賀」


「ん?」


「お前ってさ、高島と霧野どっちが好きなの?」


「え?」

 赤い帽子が打球を見送った。


「加賀、さっきの質問だけどな」


「さっきのって?」


「好きな人が死ぬとしたらとか何とか言ってたろ?」


「あぁ、うん」


「人はそう簡単には死なないぜ?」

 真面目な声。


 今日の新渡戸はなんだかおかしい。


「そ、そう……だよな」


「ああ。死なないよ。そう簡単に、死んでたまるか」

 赤い帽子がダイビングキャッチの拍子に怪我をしたようだ。


「新渡戸は進学だっけ?」


「ああ、大学は出ておかないとな。加賀は?」


「僕も、一応」


「一応ってお前、真剣に考えないとそろそろ大変だぜ?」


「わかってるけどさ、わからないんだ。何がしたいのか」


「まぁ、もう少し時間あるしな。そういやもうすぐ中間テストだろ? 勉強してるか?」


「いや、してないな。教科書とか全部学校だ」


「ははっ、実は俺もだ」


「本当か? 証拠は?」


「お前なぁ、証拠証拠って、何の踏み絵だよ。疑り深いのは好かれないぜ?」


「いや、言ってみただけ」

 赤いヘルメットがホームベースを踏んだ。


「…………」

「…………」


 また沈黙。

 今度は僕から声を出した。


「新渡戸」


「なんだよ」


「高島さ、僕のこと好きらしいんだ」


「ああ、だろうな」


「驚かないの?」


「高島のあの態度でわからなかったら人間であること疑うぜ?」


「あぁ、まぁ……で、さぁ、霧野も僕のこと好きらしいんだ」


「……え?」


「随分驚くな。まぁ、そりゃそうか」


「…………ああ、びっくりした」


「それで、僕は僕の気持ちがわからなくて、どうしようもなくって……」


「それで今日相談しにきたわけだな」


「うん……」


「なるほどね」


 ゲーム画面は、あと一人の場面。勝負の盗塁を読まれて牽制タッチアウトで試合が終了した。


 新渡戸は言う。またしても、らしくない真面目な口調で、

「決断はお前がしろ。俺には何も言えん」

 本当にらしくない、至極マトモな言葉を。


「やっぱり、そうだよな」


「以前お前に言ったこと、取り消すわ」


「え?」


「霧野みやこはやめた方がいいって言ったろ?」


「そんなこと言われたっけ?」


「……まぁ、とにかく、どっちも良い娘だぜ。俺が保証しよう」


「新渡戸の保証は不安だな」


「何だとこの野郎」

 新渡戸は笑いながら、僕を小突く。


 そんな時、インターホンの音がして、来客を告げた。


「ヒロアキかな」と僕。


「たぶんそうだろ」新渡戸が返す。


 木の板でできた廊下を、ヒロアキを迎えに二人で歩く。


 不意に、新渡戸が立ち止まって僕に言った。


「何を悩んでるのか言いたくなけりゃ聞かないけどな、真相なんて案外薄っぺらいものだぜ」


 うすっぺらい真相、か。


「新渡戸」


「なんだよ」


「ありがとう」


 新渡戸は黙って玄関の扉を開けた。もう十月だというのに、暖かい風が入ってくる。


「おっす」「おっす」「おっす」

 三人同時に声を出した。


 それがおかしくて、僕は笑った。「何がおかしいんだ」って二人は不思議そうな顔してたけど。





 僕には、素晴らしい友達がいる。


 甘えるなと突き放してくれる。頑張れと応援してくれる。


 ヒロアキにもいつか、今の話をしよう。近いうちに……そうだな、修学旅行の定番の夜あたりに。きっとその頃には、霧野みやことも高島さきとも、もっと仲良くなっていて、「おまえばっかりずるいぞ」とかってヒロアキに枕投げられたりするかもな。


 その時まで、できるだけのことをしよう。


 皆で、笑えるように。


 その後は三人で、夜遅くまで遊んだ。新渡戸の親父さんがいつものパンを持ち帰って来て、すぐに親父さんは自分の部屋に引っ込んでしまった。


 パンを三人で食べて、遊んで、楽しかった。


 本当に、楽しくて。それは体も心も、軽くなるほどに。


 僕は、たとえ他人のそれより狭くても、この「僕の世界」が好きだって胸を張れると心底思った。


  ★


 さらに翌日。


 文化祭によって発生した休日が終わりを告げ、学校に行かなくてはいけない日。


 僕はまた早起きをした。先日、少し早く行った時に霧野さんに会えたりして、早起きが三文の得であることを身をもって感じたことと、霧野さんの無事を確かめたいという気持ちが僕を覚醒させたのだろう。しかしあの時のように門が閉まっていたりするのは御免こうむるので、適切な時間に家を出る。


 この間霧野みやこと邂逅した時よりは大分遅いが、それでもおそらく教室内に人はまばらだろう。通学路を歩く学生の数も、まばらなのだから。


 教室に入る。


 折角早く来たので黒板や教卓が備え付けられている方、簡単に言えば前側の引き戸から中に入るとするか。遅刻すれすれでこっそりと後ろ側から入ることに慣れてしまった僕だからたまにはこういうのもいいかな、と思う。


 ガラッと白い引き戸を開けた先には、女子数人が立ち尽くしていた。朝練を終えた運動部の女子たちである。その様子は呆然といった感じであったが、それ以上に何やら重さ、みたいなものを感じた。


「どうかしたの?」

 僕が訊ねると


「え、いや、別に」

 と取り繕うように言った。


 黒板には何か落書きを殴り消したような跡。何かあったのだろうか。まぁどうせ僕には関係のないことだろうし、自分の席で机に伏して寝るとしよう。少し眠い。


 座りながら、ふと霧野の方を見る。

 霧野みやこはいつもの席に座って、いつものようにつまらなさそうに虚空を見つめていた。


「おはよう、霧野さん」

 僕が声をかけると、その真っ黒な目を僕の目へ向けて、


「おはよう」

 と返して、小さく、ほんの小さく、笑った。


 机に伏して考える。


 よかった。死んでなんかいなかった。ちゃんと笑ってくれた。よかった。本当によかった。きっと新渡戸が言うように、人間はそう簡単に死んだりしない。きっと一昨日のあれは、霧野さんが何ていうかな、将来に対する不安とかそういったものを一人で抱えてしまっていて、それを僕にぶつけてくれたんだ。


 きっと。きっとそう。


 霧野さんだって人間だ。誰かにすがりたいとか思うことだってあるだろう。僕なんて皆に甘えまくっているもんな。とにかく、難しい話はどうでもいいんだ。


 生きていてくれた。本当に、よかった。


 僕の空に陽が射した。未だ雲は消えないけれど、何も進んではいないけれど、進むべき道が見えた気がした。でも僕は知らなかった。考えてもいなかった。


 これから、夜が来ることを。




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