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リロード  作者: 黒十二色
第一部:RE ROAD
4/125

Chapter2 想い、わずらい、文化祭-1

 僕には、本当に好きな人がいるのだろうか。

 わからない。本当に好きなのか疑わしい。そんな関係ばかりで、なんだか苦しい。

 空は青かった。雲なんかなくて、この空が僕の心を映すのだとしたら、この空も嘘つきだ。


  ★


 霧野みやこに話しかけたり告ったり、男子全員に総スカンくらったり、高島さきと屋上に行ったりと色々あった一週間が終わった。週末はその疲れのためだろうか、ただ延々と眠っていた。


 携帯に新渡戸から『あそぼうぜ』とメールが入っていたのだけれど、僕はそれを寝ぼけ眼で消去したような気がする。寝ぼけてはいたが鮮明な記憶なので現実世界での出来事だろう。一応『すまん、無理だった』とメールを送っておいた。


 携帯のディスプレイに浮かび上がる時計を確認する。時刻は三時。外を見る限り真っ暗なので午前三時だろう。地球は絶賛温暖化中とはいえ、秋の夜中に半袖は肌寒かったので僕は脱ぎっ放しで床に放置されていた制服のブレザーに袖を通して、溜息混じりに呟く。


「もう月曜かよ……」


 さあ、新しい一週間の始まりだ。


 すさまじい空腹を満たすためカップうどんを食べた。シャワー浴びて、しわのついた白いワイシャツを着る。洗濯するのを怠った。週のはじめなんだからもっと清々しい気分でいきたいものだが、休日を寝過ごしたのだから仕方ない。


 そしていつもの制服を身に纏い、いつもより二時間も早く家を出た。それだけ時間あれば乾燥機でも起動させてやれば洗ったワイシャツが乾きそうなものだが、そんな面倒なこと朝っぱらからやっていられない。


 自転車を揺らし、電車に揺られ、学校に来てはみたものの、当たり前のように門が閉まっていた。早朝だからな、そういうこともあるのだろう。


 たぶん門を乗り越えて侵入することは物理的には可能だろう。バリケードの類はないのだから。しかしながら、都会にある学校なので、なんだかアラームとか鳴ったりして、屈強な警備員たちが来ちゃったりしたりする可能性が可能を不可能にしていた。つまりはそれがバリケードなんだろうけど。


 僕は頭をかいて学校に背を向けて歩き出す。コンビニで時間でも潰すことにした。


 学校から最も近いコンビニがあるのは駅前なので、駅まで戻らざるを得なかった。そこで漫画雑誌を手に一時間ほど時間を潰して、再び校門の前に立つと、今度は門も開いていてあっさり中に入ることができた。まぁ、当たり前だが。


 校舎内は全く人の気配がなく、とても静かだった。まるで異世界みたいに思えて、こわくて、僕は走って、教室まで、向かう。息を切らしながら。何だろう、まるで、狂ってしまったみたいに。


 そして、引き戸を開けて教室に入った僕の視界に、彼女が居た。


 ――霧野みやこが座っていた。


 僕の席の隣、隣自分の席に座る朝陽に照らされた霧野みやこは、怖いくらいに美しかった。長い黒髪が、陽光を浴びて輝いて、相変わらず表情の無い瞳は僕をまっすぐ見つめていた。


「あ……おはよう」


「おはよう」

 霧野みやこは無表情のまま、そう返してきた。


「早いんだね、いつもこんな早くから来てるの?」


 考えてみると、遅刻スレスレでいつも登校する僕は、誰がどのくらいの時間に来ているかなんて知らない。それって結構損してるような気がしてくるな。錯覚かな。


 まぁ今はそんなことはどうでもいいか。霧野さんと話そう。


「他に、することないから」

 やばい、ちょっと感動する。会話が成立することに。なんだ、話してみれば話せるんじゃないか。皆、ただ近寄りがたいから敬遠しているだけでさ。


「部活、してないんだっけ?」


「してない」

 僕から視線を外すことなく、小さく頷いた。


「そっか、僕もしてないんだ」


「…………」

 会話が、止まった。


 高島さんは、むしろあっちから色々話題を振ってくれることが多くて話が弾んだが、霧野みやこ相手にはそうもいかないようだ。考えてみれば、僕は霧野みやこのこと、ほとんど何も知らないからな。どんな話を求めてるのか、なんてのもわからない。


 なら、そうだ。そうだよ、そうだ。じゃあ知ればいい。


「霧野さんって家族とかは?」

 僕は多少踏み込んだことを訊いてみた。


「……父と、兄。母は、いない」

 おっと、地雷っぽいのを踏んだ気がする!


「あ、ごめん。変なこと訊いて」


「別に」

 いきなり話しづらくなっちまった!


 母親いないのか……僕の周りは親が欠けている人が多いな。


 新渡戸も母親別居だし妹も寮のある中学らしいし、ヒロアキは両親ともいないと言っていた。僕もまぁ、いつでも会えるし頻繁に会っているけど親と一緒に生活していないし、だからそんなに驚かなかった。


「加賀くん」


「何?」


「……きょうだい、いる?」


「姉が一人。もう家にはいないけどね」

 そう、僕には姉が居るのだが、今は海外で暮らしているので、もう何年も会っていない。


「……そうなんだ」


「霧野さんは、好きな場所ってある?」

 唐突に、僕は訊いた。


「……あるよ」

 そう言ってあのウルフが微笑んだ。笑ったことのない霧野みやこが!


 それは、とてもとても不自然な、ぎこちない笑顔だったけど、確かに、笑ったんだ。


 その時、がやがやと廊下が騒がしくなった。


「なんか急に騒がしくなったな」


「朝の部活が終わった人たち」


「あぁそっか、朝練かー。じゃ霧野さんまた後で」


 僕はなんとなく感じた気まずさから、彼ら彼女らが入ってくる前に自分の席で顔を伏し、自分の腕の中で目をつぶった。しかし、その時に彼女がどういう動きをするのかが気になり、少しだけ顔を上げて彼女の方を見てみたのだが、彼女は僕のそんな行為も気にしないようで、ただ虚空を見つめていて、何というか、相変わらず何を考えてるのかわからない。


 勢いよく引き戸を開けて入ってくる人たち。女子だけだった。


「おはよ、霧野さん、今日も早いねっ」


「おはよう……」

 僕に言う時より小さな声、空気との摩擦であっさり消されて、届いてないような声で、霧野は言った。


  ★


「おい、加賀! 加賀ってば!」

 何かで叩かれた。机に伏していたらいつの間にか眠ってしまったらしく、僕はどうやら新渡戸に叩き起こされたらしい。


 目の前の新渡戸は僕の一つ前の席、ヒロアキの席に座っていた。


「ん、ああ新渡戸か、おはよう」


「やっと起きたか。まったく、昨日はメール無視するし、おかげで仕事がはかどっちまったぜ」


「仕事? 仕事ってパン屋で手伝いでもしてたのか?」


「ちっがうよ!」


「じゃあ何だよ。バイトでも始めたか? 禁止されてんぞ?」


「これ、書いてたんだよ、読んでみ?」


 そう言って安っぽい作りの冊子を渡してきた。ペラペラのプリンタ用紙にパソコンで打ち込まれた文字が並んでいる。左側四箇所がホチキスで綴じられていて、本のようだと言えなくもない。


「なんだこれ?」

 訊くと、新渡戸は顔をしかめながら、


「台本だよ台本。つってもまだ未完成だけどな」


「ふーん……」


「なんだよ反応うすいな、お前が主役なんだぞ?」


「そういえばそうだったな」


「今更降りるなんて言うなよ? すっげぇ恥ずかしい役にしといたんだからな!」

 僕はその台本とやらを開き、気付いた。


「おい新渡戸」


「なんだ? わからない漢字でもあったか?」

 んなわけあるもんか。誤字なら発見するかもだが。


「これ、登場人物四人しかいねえぞ?」

 気付いたのは、それだ。


「それがどうした?」


「クラスで演劇やるんだろ? 三十人以上黒子やらせる気か?」


「まさか! 言ったろ? 未完成だって。これはとりあえずお前と霧野と高島に見せるために書いてきたんだよ」


 それじゃ三人じゃないか。登場人物は四人の設定、ってことは、


「ん? 新渡戸、お前も出るのか?」


「そういう公約だからな」


「公約?」

 また、わけのわからんことを。何だ、公約って。


「まぁ、昼休み主要キャラ皆で話し合うからな。時間ないんだ」


「あぁ」

 生返事した。


  ★


 そんなこんなで、昼休み。


 霧野みやこの机付近に四人が集まり、新渡戸がパンを食べながら仕切る。僕も新渡戸の持ってきたパンをくわえながら耳を傾けていた。


「まず確認するとだな、主役の少年が加賀。姫が高島。で、姫を攫う王子が俺。優しい魔女が霧野だ」


「で、俺は?」

 そう言って輪に入ってきたのは、ヒロアキ。


「ヒロアキは、じゃあ裏方統括してくれ」


「ふむ……わかった。裏方やるからちょっと台詞くれよ?」


「そんなに目立ちたいか」


「いや、ほら、新渡戸も加賀もがんばるのに俺が疎外されてるみたいで」


「じゃあ、そうだな、ナレーションでもやってろ。天の声ってやつだ」


「お、セリフ多そうじゃん、いいじゃん」

 何だかわくわくしてる感じが伝わってきた。楽しそうだった。


「もちろん裏方もまとめろよ?」


「わかってるよ」

 ヒロアキの「わかってる」はあまりアテにならんけど。


「で、一応読んでくれたか?」


 新渡戸の書いてきた台本とやらを授業中と休み時間を使ってここにいる人にまわして読んでもらおうと思っていたらしいのだが、僕と霧野みやこが読んだだけで全員にはとても回りきらなかった。まず僕が授業中に読んでるところを英語教師に見つかって没収されたのが痛かった。


「あたしまだ読んでないんだけど」

 と高島さき。


 するとすかさずヒロアキが、

「そうだな。加賀のせいでな」


 いちいち言わなくても反省してるから!


「あたしどんな役なのかな」高島。


「俺的にはかなり微妙な役に描いたつもりだぜ?」新渡戸は自信ありげだった。


「微妙かー」


「大丈夫! 千の仮面を持つ高島さきならば!」

 新渡戸は言って、ビシッと高島さんを指差す。


「そんなにないよ~」

 苦笑いだった。


「それでこれが最終確認だけど、この話でやっちゃっていいかな?」


 霧野みやこは頷いた。僕に拒否権はなかった。高島さきは頷きながら、


「いいんじゃない? あたしどんな役でもいいよー。言いだしっぺだし」

 そしてヒロアキが、


「やっちゃおうぜ」


 五人の覚悟が決まった、と思う。僕の覚悟なら、とっくにできていた。そもそも僕のせいで演劇することになっちゃったわけだし。皆にイジメられて悩んだ日々を過ごした今となっては、演劇くらいどうってことないと思えたし。


 新渡戸が号令する。


「よし、じゃあ頑張ろうぜ」


「おー!」

 教室の廊下側最後尾、そこだけ妙に気合が充満していた。


  ★


 それからの僕の生活はまるで部活のように演劇漬けだった。元々放課後なんて暇だったし、むしろ生活に張り合いができて……何と言えばいいだろう、楽しかったことは間違いなかった。


 以下に、本番を迎える前までの主な風景を書き出してみよう。



 ■練習風景 一


 高島さきと霧野みやこが何やら話していた。


「ねぇ霧野さん霧野さん」

「…………」


「霧野さんって好きな人とかいないの?」

「…………いる……」


「え、誰誰!?」

「…………」


「…………どきどき」

「…………」


「…………」

「…………」


 霧野みやこはそれっきり無言を貫いた。





 ■練習風景 二


「ポスターなんだけどさ、これでいいかな?」

 美術部女子が新渡戸に『二年G組、演劇、眠り魔女』と書かれたポスターを見せている。


「ダメだダメだ! もっと加賀の勇姿を前面に押し出すんだ!」


「えー、でも加賀くんより、さきとか霧野さんとかプッシュしたほうが……」


「問答無用デース」

 そう言って新渡戸は、ポスターをビリビリに破いた!


「あーっ!! 何すんのよ! しね!」


「うわっ、やめ、ごめん」

 女子に蹴り倒されドカドカと踏まれていた。





 ■練習風景 三


「衣装できたよー」

 これまた女子がなにやら衣装を作ってきたようだ。


 女の子ってこういうとき凄まじいパワー発揮するよなぁ。


 なにやらヒラヒラした薄いピンクの衣装は高島さきに渡され、漆黒の帽子とマントは霧野みやこに手渡される。ついでみたいに僕にも新渡戸にも衣装を手渡した。


「着替えてみてよ」


「うん! ありがとー!」


「…………」


「男子は空気読んで出ろー!」


 追い出された。僕も仕方ないので廊下で着替えた。


「えへへ、もういいよ」

 高島さきが首から上だけ出して、僕らを呼んだ。


 教室に入った僕を見て総員大爆笑。


 くそ……恥ずかしい。なんだこの王冠とか、いかにも王子~って感じの……ってこれ新渡戸の衣装じゃねえか!


 僕は普通の少年役だ!


 あ、いや。最後に王子みたいな立場になるのか。


 いやぁ……しかし、高島さんも霧野さんも、たまらんなぁもう!


 笑いで震えた声の高島さんに

「似合ってるよ」


 そんなことを言われた。まったく、そっちこそ。





 ■練習風景 四


「ねぇポスターこれでどう!?」


 まるで僕が大スターであるかのように描かれていたので、僕としては不満だ。

 だが、決定権があるのは新渡戸である。


「グッド! ファンタスティック! フェスティバル!」


 意味わからんが、まぁとりあえず新渡戸の言いたいことは合格ってことなんだろう。


「よっしポスター終わり! 次!」

 美術部がんばってるなぁ。大車輪だ。





 ■練習風景 五


「ぁ……痛い…………」

 霧野みやこが頭を抱えてうずくまった。


「き、霧野さん? 大丈夫?」

 劇の練習中のことである。


「大丈夫……いつもの……ことだから……」

 そういうと立ち上がって台詞を読み上げた。


「あぁ少年よ、急ぎなさい。もはや彼女を守る者は、そなただけなのだから」

 弱々しい息遣いが、倒れていく魔女の台詞をリアルに見せていた。


「それだ! 今のだよ霧野! 今の演技だ!」

 新渡戸、空気読め。


「それどころじゃないでしょーが!」

 また新渡戸が女子に殴られていた。


 霧野みやこはすぐに回復したがこの日は大事をとって早めの解散となった。





 ■練習風景 六


「背景のセットなんだけどさ、演劇部から借りようと思ったんだが、断られた」

 ヒロアキが平然と新渡戸に報告していた。


「なにいいいいいいい!?」


「すまん」


「すまんじゃねえ! イチから背景描くのか! 美術部に殺されるぞ!」


「だなぁ」


「今から描いてたんじゃ間に合わん。交渉にいくぞ」


「いってらっしゃい」


「お前も来るんだよ!」

 そして数分後ボロボロで帰ってきた新渡戸は「なんとかなった」と言って果てた。


 なんだかんだで一番頑張ってるんじゃないか、新渡戸。


 というか、何でボロボロになってたのかが気になるな。無理矢理奪ってきて演劇部の連中にやられたとか、そんなところだろうけど。


 こんなに体を張る新渡戸を初めて見たよ。





 ■練習風景 七


「お前軽音楽部だよな」

 新渡戸が男子と話をしていた。


「あぁ、だから劇には出れねえぞ?」


「わかってるよ。ちょうどライヴとかぶってるって聞いたからな」


「すまんな」


「だが、わかるよな、演劇は全員参加だということを」

 新渡戸は男子をじっと見据えた。


「あ、あぁ……」


「当日いなくていい。かわりのものを置いていけ」


「かわりの奴か……知り合い二、三当たってみるけど……」


「違う。そうじゃない」


「え?」

 新渡戸は両手で手招きするような動きを見せつつ、


「曲。バックグラウンドミュージックを置いていけ」


「でも俺――」


「当日、舞台上でお前の好きな女公表してやろうか? 年上のあの……」


「わ、わかったよ! なんとか作ってみるからやめてくれ!」


「そうか! 助かる!」


「…………くそ、おのれ新渡戸ぇ……」

 何やら脅迫していた。





 ■練習風景 八


 僕はどうしても気に入らないことがあって新渡戸に相談した。

「なぁ、この役名だけどさセバスチャンって名前どうにかならんか?」


「じゃあポチ」


「おい」


「タマ」


「普通の少年なんだろ?」


「何だ貴様! セバスチャンって名前が普通じゃない? 気に入らない? 全世界のセバスチャンに謝れぇ!」


「あ、いやぁ、なんかセバスチャンって脇役っぽい名前だと思って」


「セバスチャンに謝れぇ!!」

 新渡戸のほうが正論だと思った。ごめんなさい。





 ■練習風景 九


「何で俺が木の役で、こいつが兵士Aなんだよ! 俺だって生物やりてえよ!」

 なにやら揉めていた。その中心には、また新渡戸の姿。


「木だって生物だろーが!」

 新渡戸が応じる。


「そういうことじゃねーんだよ!」

 男子生徒も譲らない。


「木に謝れ! 全世界の木に謝れぇ!」

 また言ってるよ。


「いいからもっと他に村人出すとか」


「お前ら、俺に一任するんだよな。そういう公約だったよな」


「う、そうだった。すまん」

 このあいだから気になってるんだが、公約って何なんだろうか。





 ■練習風景 十


 僕は思い切って訊いてみた。

「なぁ新渡戸、公約って何だ?」


「ん、あぁ、別に隠す必要のないことだから教えてやろう。お前が寝てたことで演劇に決まったろ?」


「う……」

 思い出したくないことを。


「んで、お前を除く男子全員で会議が開かれた。それはもう色々な意見が出たよ……」


 新渡戸が遠い目をして続ける。


「演劇潰すだとか、たこ焼き屋強行するだとか、あの野郎を関東北部の山中に埋めるとか」


 最後のは勘弁願いたい。いや、全部ダメだが。


「で、そこで俺は言ったんだ。『俺に考えがある。必ず加賀の野郎に恥ずかしい思いさせてやるから演劇、どうせ今のままだと潰れちまうだろうし、俺に任せてくれないか?』ってな。とりあえずそこで話はまとまったんだが、いくつかの条件をG組男子会は提示してきた」


「それが公約か」


「あぁ。まず、演劇関係で面倒なことは全て俺がやること。次に俺もちゃんと劇に出て恥ずかしい思いをすること」


「なるほど、ね。意味わからないけど、なんとなく謎は解けた」


「でも、俺は思うんだ。皆もう公約とかそんなことどうでもよくなってるって。ポスターもあれだしさ、そんなに観客集まらないと思うけど、皆でこうやって一つのもの作ってるだろ。全員参加だぜ? 俺もそうだし、お前もきっと楽しいって思ってるんじゃないか。皆、男子も女子も、楽しいって思ってるんじゃないかって思う。まぁ俺は実質中心になって舞台を作ってるから一番楽しいだろうけど……」


「あとちょっとだな。頑張ろうぜ!」

 僕は言った。


「ああ」

 成功させたいって思った。新渡戸のためにも。





 ■練習風景 十一


「加賀くん……」

 なんと、霧野さんから話しかけてきた!


「き、霧野さん? どうしたの?」


「……私、私が………………」


「え?」


「……ううん、ごめんなさい。なんでもない」

 そう言い残して去っていく。


「あ、ちょっと待ってよ! 霧野さ――」


「おい、加賀、ちょっとこっち手伝ってくれ!」

 小道具班から呼ばれた。


「あ、あぁ……」

 追いかけることが出来なかった。あの時彼女は何を言おうとしたのだろうか。





 ■練習風景 十二


「霧野さん、今のカンジいいねっ」


「…………」


 女子の声に応じて、霧野みやこは静かに笑った。


 それを遠くから見ていた男子数人が、


「おい、見たかよ、ウルフが笑ったぜ?」


「あぁ……俺も見たぜ……あのウルフが……」

 どうやら衝撃的な出来事だったらしい。


 僕も嬉しく思いながら眺めていると、いつの間にか横に来ていた新渡戸が話しかけてきた。

「なかなか様になってきたな」


「あぁ。前と比べて壁も薄くなったよ」

 僕は新渡戸の方に顔を向けてそう言った。


「壁?」


「話しかけやすくなったろ?」


「あぁ、そうだな。でも、おかしいな……」

 なんだか新渡戸は浮かない顔だった。


「え?」

 不思議に思って首をかしげたが、


「いや、なんでもない」

 この時の新渡戸。なんかおかしかったな。張り切りすぎて疲れたか?


  ★


 こうして、二週間、僕らは演劇の練習をして、必要な全てを揃え、クラス全員が参加する劇はリハーサルにおいて一応の完成をみた。


 全てにおいて素人丸出しのような気もするが、文化祭の劇である。文句を言われる筋合いはないっ!


 ともあれ、あっと言う間に過ぎてしまった楽しい時間。毎日皆と遅くまで残って練習した。たとえどんな結果になろうとも、あとは明日、全力を尽くすだけだ。





 翌日。


 文化祭当日である。


 朝、学校に行くと、もう皆が来ていた。早めに来たつもりだったんだけどな。


 本番までには、まだ時間があるけれど、何となく精神的に追い詰められていた。


 いや、心の準備はしていたはずだった。けど、当日となるとやっぱり、緊張する。


「おはよ。いよいよだね」

 姫、高島さき。緊張感なく笑っていた。


「うん。頑張ろう、あ、霧野さんもおはよ」

 主役のセバスチャン、僕、加賀遊規。


「お、おはよ」

 魔女、霧野みやこ。緊張しているようだった。それはそうだろう。


 というか、僕も内心ドキドキが止まらない。情けないくらいにアガってる。


「おいおい、まだまだ時間あるだろ? リラックスしとかんと持たないぜ」

 王子、新渡戸夕貴。こいつはなんか緊張という言葉とは無縁な気がする。


「俺は本見ながら読み上げられるからいいけどさ、皆はもう一回チェックしといたほうがいいんじゃないか? 台本」

 これは天の声、山田ヒロアキ。


「そうだな」

 新渡戸が言って、僕らは最後の練習をした。



 実学祭。我らがミノリ学園を漢字で書くと実学園となる。そもそもこちらの漢字名がもともとの学園の名だったのだが、なんとなく取っ付きにくいということでカタカナに変えたという経緯があるって話をどこかで聞いた。


 学問を実際に役に立てて行こうということで「実学」を名に冠したのだが、ぶっちゃけ名前だけのように思えてならない。


 発音の悪い英語教師の教える英語が日常の役に立つとは思えないし、時代は情報化だというのにパソコンを扱える教師がごく少数だったり、電子黒板導入も「するする詐欺」状態だし、その他にも色々と名前負けの感は否めないが、そんなことよりも今は学園祭の話である。


 二日間に渡って学園はお祭りモードになる。お化け屋敷や縁日、喫茶店や占いなんてのもあった。軽音楽部によるライブ。各文化部の展示、演劇部の本格的な劇、そして僕らの演劇。他にも何かあったような気がしたけどそれは明日チェックしよう。


 軽音楽部のライブや吹奏楽部の野外演奏等と僕らの演劇の時間帯が重なってしまっていたので多くの集客は見込めない。だけどそれでも構わなかった。皆で作った劇を、小学校の学芸会レベルの劇でも発表できるということが、何て言うかな、嬉しかったんだ。


 一日目の今日だけの劇。前座みたいな扱いで期待なんてされてないだろう。それでも僕らは、たった二十分のために用意してきた。


 成功させたい。頑張って準備してくれた新渡戸のために、皆のために。


 舞台上、幕が開くまで待っている。


「加賀君加賀君」

「な、んだい高島さん高島さん」


「あ、緊張してるでしょ、リラックスだよリラックス!」

「いやいや緊張なんてしてないよ」


 強がってみた。けど、すぐにそんな強がりは無意味だったなって思って、


「高島さん、ありがと」僕は呟いた。

「え? うん」


《続いてのプログラムは、二年G組の演劇、『眠り魔女』です》


 女の声。出番を告げるアナウンス。拍手はまばら。


 そして今、はじまる――。



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