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第二部:RE LOAD
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Chapter11 強風波浪注意報

視点:高島さき→蔵野まち

 私の名前は蔵野まち。

 高校二年生。普通の。


 何も殺さない。


 高校二年生。普通の。

 私の名前は蔵野まち。


  ★


 まだ朝日が昇りかけたくらいの時間。私はヒロアキのベッドの前に立っていた。


「………ん……」

 ヒロアキが小さく声をあげて半分覚醒する。


 私はその様子を、じっと見つめる。


「……何だ、この感触……やわらか――」


 白くて大きな胸を、山田ヒロアキの手が掴んでいた。その様子を凝視する。


「……んぅ……」

 山田ひろみが声を出した。


 覚醒したヒロアキ。

 下着姿の山田ひろみが目覚めないのをいいことに、ヒロアキはその手を離さない。


「………」


 固まっていた。ぎょっとしていた。


「……………何で俺のベッドに……!?」


 ヒロアキが頭を抱えて俯いていた。


 ここは果たしてどうするべきなのだろうか?


 怒るべき?

 責めるべき?

 何も言わずに去るべき?


 ……責めてみよう。


「朝から何してるの?」


「げぇ! 級長!?」

 また級長って言った。許せない。


 私はそんな名前じゃない。自分で名前をつけたくせに。


「ち、違うんだこれは、俺が寝た時は一人のはずで……あれ? 何で下着でひろみが? あれ?」


「一晩で随分仲良くなったみたいね」


「……いや、違うんだ」


「別に私は貴方がどんな破廉恥行為に及んでも責める気はない」


「責めてるじゃないか……」


「どうでもいいけど遅刻するわよ?」


「お……おう……」


 三人で朝食を摂った。どうしてだろう、嬉しかった。


 ヒロアキは終始私とひろみの顔色を窺っていたけれど、そこから何が飛び出すことも無いと知ると安心したようだった。


 もう一回蒸し返して意地悪しようかなとか考えたけど、その無意味さを考えて、やめた。


 制服に着替えて、身を整えて、家を出る。


「おい、ひろみはどうするんだよ」


「留守番よ。いいわね? ひろみ」


 彼女は大きく頷く。


「大丈夫なのか?」


「今日中に何とかするから……今日だけは置いていく」


「その間に組織の連中が来たら……」


「そうなったら仕方ないでしょう」


 彼は無言を返した。


「……行きましょう」


「ああ……」


 危険性は確かにある。彼女は器を追う者に出会ったら、すぐに殺されてしまう。


 だから私達の傍に置いておくのが最も安全なのだけど……今日一日だけは、部屋で大人しくしていてもらう。


 ヒロアキに「学校を休んで彼女の面倒を見てくれ」なんて頼めるような立場ではないし、きっと修学旅行から帰って次の登校日は休みたくないんじゃないかとも思った。


 それに、追手が来ているかどうかを確かめる機会にもなる。もしも、ひろみに手を出したとなれば、私たちは狙われているということだし、帰った時にひろみが無事なら、まだ追手は来ていないということになるだろう。


 ただ、もしかしたら、いろいろと理由をくっつけてはみたけれど、私にとってこの時山田ひろみという存在が、人間というよりは、部屋のインテリアのようなものくらいにしか認識していなかったのかもしれない。


  ★


 私は学園に無理矢理転入していた。


 昨日のうちに、蔵野まちという名前で。


「それじゃ、転入生の紹介をする。あー、ここ最近人の出入りが激しいが、仲良くしてやってくれ。それじゃ、蔵野さん、入ってきて」


 相馬教諭が私を呼んだ。


 ガラリと引き戸が開いて、私は皆の視線を浴びる。ざわつく教室。

 慣れ親しんだ教卓の横に立って、


「私は蔵野まちです」


 と、それだけ言って席に向かう。

 空席は二つ。


 加賀遊規が席替えする前に座っていて、その後私の席になった教室中央近くの席か、霧野みやこが座っていた、加賀遊規の隣の席。


 加賀遊規が憎しみの目を向けていて、新渡戸夕貴と高島さきは呆然としていた。

 山田ヒロアキはこれからどうしようか、と思案に暮れている顔をした後、背後からの加賀遊規の殺意すら感じるような気配に冷や汗をかいているようだった。


 以上のことから総合的に考えた結果、元座っていた中央近くの席に座った。


「あ、あー、じゃあ、そういうことだから、仲良くするように」


 相馬教諭はそれだけ言って早足で教室を出て行く。

 早足の原因は恐らく私。


 こんな風に出戻る不審者、その名前が変わっている。


 まぁ、仕方ない。

 元々戻るつもりなんてなかったんだけど、


 ――人間って心変わりするものなのよ。


 昼休み、私はいくつかの書類の改竄を行い、学校の偉い人に会った。

 その後、平穏に授業を受けて、放課後を迎えた。


 無事かどうか確かめるため、山田ひろみの元へ急ぎたかったのだけど、その前に、通過しなければならない儀式のようなものがあった。


 正直に言うと、怖かった。

 彼らの前に立つのが、とてもとても怖かった。


 それでも、その怖れていた時は、すぐに来てしまった。放課後の教室で、私に四人が詰め寄る。


「どういうことか、説明してもらおうか」

 珍しく加賀遊規が仕切っている。


「えっと、だから、彼女は、もう殺さないって……」

 ヒロアキは私をかばおうとしたが、


「黙ってなよ」

 加賀遊規が全力で不快感を示した。


「……あ、あぁ……すまん」


「加賀遊規」

 私は彼の名を呼んだ。


「何だよ? 今さら謝る気かよ」


 私の言いたいことを言っても、本当に心の底から思っているのかもわからない謝罪の言葉を述べても、どちらにしても責められると思った私は、まず言いたいことを言うことにした。


「ありがとう」


「……は?」


「加賀遊規だけじゃない。新渡戸夕貴にも、礼を言わなくてはならない」


 普段はうるさい新渡戸は黙っていた。不気味なくらいに静かにしていた。

 それで私はまた、怖くなったけれど、何とか平静を保って伝えたいことを伝えなくてはいけない。


「私は今まで、〈器〉という人間が、虫以下のものに見えていた。〈器〉というのが生きた人間だと、どうしても思えなかった。霧野みやこを殺してしまったことについては、謝っても謝りきれないし、悔やんでも悔やみきれない。もう彼女はいないのだから。でも私は彼女を殺してしまったことや、加賀遊規と新渡戸夕貴に関わったことで、自分の大きな過ちに気付くことができた。だから、今、ありがとう、と言った。嘘じゃない。演技でもない。これは、私の本心」


「それで?」


「貴方たち全員と約束したい」


 約束。

 私は続ける。約束の内容をぶつけてみる。


「私、蔵野まちは二度と誰も殺さず、殺させないこと。そして、悲劇を生み出す器を生む者を壊滅させることを」


「約束なんかできるかよ! 絶対に許せるわけないだろ! わかってんだろ! そんなこと!」

 加賀遊規はそう言って、私が差し出した手を弾き飛ばした。


 悲しい。

 こんなに、悲しい。

 本心から出た言葉を拒絶されるのは、こんなに悲しいものなのか。


「今すぐじゃなくていい! いつか私が、私を信じられるようになった時でいいから!」

 心の底から、願う。


 私は、もう、私の生きたいように生きると、自分自身にそう誓う。


 組織なんかに流されない。


 私という一滴の水はただ此処にある。


 誰も殺さず、自由を……。


「蔵野……まち……。まちって呼べば良いのかな?」

 高島さきはそう言った。


 そう言って、手を差し出していた。


 その光景を、私は、信じられなくて、幻なんじゃないかと疑った。


 でも次の瞬間、私の手には、彼女の小さく暖かな手に触れる感触があった。


「そう……呼んで欲しい…できれば、級長……とは呼ばないで……」


 自分には、涙を流す器官が無いのだと思っていた。

 本当に、人形のように過ごして来た日々。


 いつの間にか目から何か出ていた私は、高島さきの手を強く、握ってしまったらしい。


 少し苦痛に歪んだ高島さきの顔が、ぼやけて見えた。

「まち……。あたし、経緯はよく知らないけど、まちの気持ちに嘘がないことはわかったから、あたしたち、友達だよ?」


「やれやれ、高島がそう言うんじゃ許さないわけにはいかないじゃねえか」久しぶりに口を開いた新渡戸。


「新渡戸!?」加賀遊規の責める声。


「加賀……悪いな……。でもさ、よく考えてみてくれよ、この女が自分の過ちに気付いたって言ったんだ。それって、ヒロアキと何が違うんだ?」


「そんなこと言ったって……」


「霧野みやこは、生きていた。生きてはいたが、元々生まれて来るはずじゃない不自然な子だったんだよ……。死んだ女はもう生き返らない。じゃあ、今何をすべきかって言ったら、この女の言う通り悲劇の根本を絶たなくちゃいけないと思うんだ」


「新渡戸、本気で……」加賀遊規は失望の表情を浮かべている。


「……二度と、俺達のような思いをする人がいなくなるようにさ。〈器〉とかいうのを生む人間達がいなければ、ヒロアキは〈器〉を壊す活動をしなくてよかった。夕実が殺されることもなかった。だから、その、つまり、全ての元凶は、〈器〉なんて人間をを生み出した奴らなんだよ」


「……だからって……そんなに簡単に……」


「ヒロアキだって、彼女を信じたから彼女が今この場所にいるんだろう?」


 新渡戸の問いに、ヒロアキが頷いた。


「今すぐじゃなくてもいい。俺も、ヒロアキも、この女も、何も変わらないんだ。俺たちはもう、手を組むしかないんだよ」


 ありえない、と加賀遊規は口を動かした。声には出さなかった。声にならなかったのかもしれない。


「だって、僕は……こんな女……」


 泣きそうな声で、彼が言った時、


「加賀君加賀君」


「え」


 軽い音。乾いた音。高島さきの左手の平が、加賀遊規の右頬を打った音。


「高島、さん?」

 加賀遊規は、信じられないようだった。自分の頬をおさえて呆然としている。


 高島さきは、他人にきこえてしまうんじゃないかなんて考えてもいないような大声で、激しい身振りで彼に伝えた。


「まちが、どれだけの勇気出したと思う? 目を覚ましてよ! ゆうきって名前に何でいつまでも負けてんのよ。何回言ったらわかるの!? みやこちゃんが加賀君に好きだって言うのにどれくらい勇気出したと思う?」


 加賀遊規は答えない。


「いっつもいっつも受け取るばかりで! そのくせ与えられるものを選り好んで! あんた何処の国の何王子よ! あの劇で、セバスチャンは姫を助け出した。加賀君は? みやこちゃんを助け出せなかった。でもそれが何? 現実は舞台じゃないし、そんな思い通りになんかならないわよ、当り前」


 加賀遊規は何かを言おうとはしたが、何も思い浮かばないようだった。


「幻想抱くのはいいけど、現実も見なさいよ! あたしは皆と違って当事者じゃないけど、だからこそ言ってやるわ。今するべきことは手を取り合ってその、よくわからないけど、みやこちゃんを作るような人たちをやっつけてやめさせることでしょう! 何かと『みやこちゃんみやこちゃん』って、死んだ人にいつまでしがみついてんのよ! そんなんじゃ安心して眠れないでしょ!」


 加賀遊規は黙ってしまった。


「……何とか、言いなさいよ!」


 バシンッ!

 さっきより強く。反対側を打った。


「壊れかけの古いテレビだって叩けばちゃんと映ったりするのに、加賀君は!」


「おい、高島、やめろ」


 ヒロアキが羽交い絞めにするように高島さきを取り押さえた。


「離して!」

 加賀遊規は呆然としてしまっていた。


 私はその不思議な光景を、呆然としながらも、とても冷静に見つめていて。

 そんな自分が人間じゃないみたいで少し嫌だった。


 高島さきはヒロアキに抑えられたままで続ける。

 その目からは、涙が飛び散っていた。


「いい? 今みやこちゃんのためにできることを考えてみてよ! 一つしか、ないでしょう! みやこちゃんが、皆が喧嘩したり、水面下でいがみ合ったり、自分が死んだせいで誰かがものすごく気持ちを沈めてしまったりすることを望むわけ無いでしょう! それは加賀君が一番、加賀君が一番知ってることじゃない! 何でいつまでもそんななの!? 加賀君が今! みやこちゃんに与えられるものは何!? 考えなさいよ! 考えるの得意なんでしょ!? 馬鹿! 嘘つき! 卑怯者! あたしがあんたのこと好きだって知ってるくせに! 何でここまで言わすのよ! 最低! あえて言うわよ! 死んじゃえ! 死んでみやこちゃんと仲良くしてればいいのよ!」


「高島! 言いすぎだよ!」

 ヒロアキが止めようとする。


「だって! こんな加賀君! 見たくないもん! 殴ってもいいよ! 殴られるだけのことは言ったよ! 加賀君にそんな勇気があるんなら! 殴ってみなさいよ!」


「……ごめん」


「謝るなって言ってんでしょ!」


「ごめん。……わかったよ……協力する。許すことはできないけど、それでも、……だから、絶対にその器を生む研究みたいなの潰すって、約束して欲しい。本当に、これ以上辛い思いする人が、いなくなるように……」


 本当に加賀遊規が心からそう思ったのかわからないけど……。


「ありがとう。絶対、絶対に、潰す」

 約束。


 まだ何処にあるかも知れない敵の総本山を、潰す、約束。


「ばか」

 高島さきは、ヒロアキから開放されるや否や、そう言って、袖で涙を拭っていた。


  ☆


「今日、ヒロアキの家に皆で行っていて欲しいんだけど……」

 と私は言った。少しでも早く情報を手に入れたかった。


 ひろみの無事も確認したかった。だけどその前に……。


「あの家に人を上げるのか……」

 何よ。そんなに悪い家じゃないじゃない……。


「私は少し用事があるから、後で行くわ」


「用事?」


「ええ、ちょっとね、だから先に……」


「わかった。じゃあ先に……」

 ヒロアキはそう言って歩き出す。


 私は教室のベランダから門を見張り、彼らが学校の外に出るのを待って、それを見届けてから、

「何か用?」

 と言った。


 隠れて私達のやり取りを聞いていた誰かに向かってそう言った。

 その誰かは教室の外から姿を現し、言った。


「お前、何者だ?」

 担任の相馬教諭だった。


「別に、私達はただ劇の練習をしていただけよ」


「霧野みやこが突然転校し、お前も同時に転校し、お前だけ名前が変わって戻って来た。他にも、不審な点は多い。俺のクラスは謎だらけだ。新渡戸夕貴と霧野みやこと加賀遊規を同じクラスにしろだとか、理由を聞いても上は教えてくれないしな、一体どういうことなんだ? 霧野が死んだ……とか言っていたな……」


「明日、もう一人転校してくるわ。このクラスに」


「は?」


「聞いた通りよ、それだけ」


「待て!」


「劇の練習よ。深く追求すると後悔するわよ?」


「気にするなという方が無理だろう?」


「警告よ。これ以上踏み込めば、きっと死ぬわ」

 私は冷たく言い放つ。


 殺気を解き放ちながら。


「――っ」

 相馬教諭は気圧されていた。


「劇の練習よ。わかった?」


「……わかった。だが、一つだけ教えてくれ。霧野みやこは……どうなったんだ?」


「殺されたわ」


「なっ……」


「殺したわ」


「……やっぱり、普通じゃないんだな。お前は……。だとしたら、加賀や新渡戸もお前のように……」


「違う! 彼らはただ巻き込まれただけ……」

 私が……巻き込んだだけ……。


「…………」

 先生は、私の叫びにびっくりして黙ってしまった。


「ねぇ先生、私たちのこと、放っておいてくれない?」


「できない」


「警告したはずよ。二回目が何を意味すると思う……?」


「……黙って、見過ごせって?」


「そうしてくれないと、困るのよ」


「……脅しか?」


「いいえ、お願いしてるのよ」


「霧野みやこは、お前が殺したって?」


「質問は一つって言ったわよね」


「……何で殺したんだ……?」


「これ以上踏み込んで来ないでね」


 私は質問には答えずそう言うと、教室、三階のベランダから地上に降り立ち、そのままヒロアキの家に向かった。


 先生まで、守りきれない……。

 この先を知ってしまったら、〈器を生む者〉からも〈器を追う者〉からも目をつけられてしまう。

 そんなことにさせるわけにはいかない。


 でも一度疑惑をもってしまった相馬安長は、きっと何かの尻尾を掴んでしまう。


 何かに食い殺されないといいんだけど……できる限りで、守るしかなさそう。


 ヒロアキの家に着くと、山田ひろみしかいなかった。

 コタツに座って、ぼんやりと私のことを見ていた。


 私は彼女が無事生きていたことに安堵する。

 同時に、皆がまだ着いていないことに小さな不安。


 立ち尽くしていると、鉄扉が開いた。




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