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リロード  作者: 黒十二色
第一部:RE ROAD
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Chapter5 新渡戸の想い_1

 高島さきから追及を受けた日の夕方、俺の携帯が鈍い音を立てた。


 受信したメールには、「明日暇?」と、加賀から。「暇」と素早く返信した。


 加賀から遊びの誘いとは、珍しい。


 いつも俺が加賀とヒロアキを呼んでいたからな。たまに呼ばないでも来ることがあったが。


「遊ぼうぜ」


「じゃいつものとこで」


「OK」


 もはや習慣的で、事務的なやり取りになっていた。


 そして翌日


 インターホンが、来客を告げた。


「へーい」

 扉を開けると加賀がいた。


「おっす」

 加賀は右手を上げて言った。


「おっす」

 同じように返す。


 家の中に通して、畳の上に置いてある場違いな細長いソファに並んで座った。


 ヒロアキの分の隙間を空けて。


 ヒロアキの分。そこは昔……ずっと昔……夕実の場所だったところだ。


「今日、親父さんは?」


「あぁ、店。ヒロアキは?」


 嘘である。


「あれ? 定休日じゃなかったっけ? 火曜日」

「あー……なんか、新作パンがどうのこうのってね」


 失策。そして上塗り。


「へぇ、そりゃまた。次の昼休みが楽しみだぜ」

 まぁどうせ明日には忘れているだろう。


「で、ヒロアキはどうした?」


「あぁ、一応メール送ったんだけど、反応ないんだよね」


「ヒロアキはメールじゃ反応しないんだよ。電話じゃないと」


「へぇ。でも何で?」


「知らん。でも本人がそう言ってる」


 俺はヒロアキの携帯に電話を掛けてみた。


「……でねぇな。まぁ、そのうち来るだろ」


 メールは返さないまでも、見てはいるはずだからな。


「ああ」


「…………」


 沈黙。

 ただの沈黙。


 加賀が何かの相談に来たんだろうなということは何となく感じる。探ってみるか。


「で、今日はどうした? お前から誘ってくるなんて珍しいな。何年ぶりだ?」


「あー、なんか最近遊んでなかったからさ」


「そうか、久しぶりに、やるか。負けたら好きなやつに告白な」


 俺はゲーム機とテレビを配線して、ディスクをトレイに挿入、電源を入れた。テレビの画面には野球ゲームのタイトルロゴが踊っている。俺が負けても好きなやつに告白したりしない。負けても「いないもん」とか言って逃げるつもりだ。スーパー卑怯なんだ、俺。


「俺が配線したからって、敗戦したりしないぜ?」


 くだらない事を言うのが俺の仕事。


「いや、おもしろくないから」


「ははっ」

 俺もそう思う。


「なぁ新渡戸。好きな奴が二人いたらどうすればいい?」


「え? うーん、俺に聞くな」

 高島さきと、霧野みやこか。


「新渡戸は好きな娘いないのか?」


 いないよ。たぶん。

 だけど、はっきり答えてやる気はない。


「いるような、いないような、ま、とにかく始めるぞ。九回でいいよな」


「ああ」

 加賀は生返事した。


 俺は青いチームを、加賀は赤いチームを選んだ。


「新渡戸、ハンデとか、ないの?」


「ないよ」


「だってお前、持ち主じゃんこれ」


「最近やってないもん」


「やってないって証拠はないじゃん」


「でもハンデありで負けたら、どうする? 追徴課税だぜ?」


「ぐ、具体的には?」


「まぁ勝てばいいじゃん勝てばさ」


 試合開始ボタンを押した。


「プレイボール」


 ゲームの中の審判が試合開始を告げた。


 しばし無言で普通にゲームをした。

 先に口を開いたのは加賀のほうだった。

 

「新渡戸」


「なんだよ」


「自分を好いてくれている人が死ぬとしたら、お前ならどうする?」


「死なせない。死んでも……」


「死んでも?」


 ――死んでも、きっと夕実は、返ってくる。

 本当に?

 でも……そう考えないと夕実は。


 こんなもの、一種のネクロフィリアみたいなものなのかもしれない。そう考えると、俺はやっぱり異常なのかも知れないな。


「いや……なんでそんなこと急に?」

 俺は逆質問ではぐらかしにかかった。


 答えたくない質問には質問で返せば、加賀は同じ質問をしばらくしてこないタイプの人間なんだ。

 付き合いが長いから、わかる。食いつかず、引き下がってくれるはずだ。


「いや、ちょっとな」

 俺のチームの青い帽子が空振り三振をとった。


「加賀」


「ん?」


「お前ってさ、高島と霧野どっちが好きなの?」


 今度は、こちらから話題を振ってみる。


「え?」

 青いヘルメットの四番がホームランを打った。


 選手がホームベースまで一周するまでの間、しばらく無言が続いた。


 耐えきれなくなったのは、俺の方だった。


「加賀、さっきの質問だけどな」


「さっきのって?」


「好きな人が死ぬとしたらとか何とか言ってたろ?」


 珍しいこともあるものだ。俺の方から都合の悪い会話を無し返すなんてのは。


「――人はそう簡単には死なないぜ?」


「そ、そう……だよな」


「ああ。死なないよ。そう簡単に、死んでたまるか」

 死なない。死ぬわけがない。


「新渡戸は進学だっけ?」


「ああ、大学は出ておかないとな。加賀は?」


「僕も、一応」


「一応ってお前、真剣に考えないとそろそろ大変だぜ?」


「わかってるけどさ、わからないんだ。何がしたいのか」


「……まぁ、もう少し時間あるしな。そういやもうすぐ中間テストだろ? 勉強してるか?」


「いや、してないな。教科書とか全部学校だ」


「ははっ、実は俺もだ」


「本当か? 証拠は?」


「お前なぁ、証拠証拠って、何の踏み絵だよ。疑り深いのは好かれないぜ?」


「いや、言ってみただけ」

 青い帽子がタイムリーヒットを打たれた。


 そこで加賀は俺の名を呼んだ。

「新渡戸」


「なんだよ」


「高島さん、僕のこと好きらしいんだ」


「ああ、だろうな」


「驚かないの?」


「高島のあの態度でわからなかったら人間であること疑うぜ?」


 実際に昨日、話聞いて確認したしな。


「あぁ、まぁ……で、さぁ、霧野も僕のこと好きらしいんだ」


「……え?」


 考えるより先に、声が漏れた。

 あまりにも信じられないことだったから。

 え……え……?

 なんだそれ。嘘だろ?


 いずれ夕実になるはずの…………あれ?


「随分驚くな。まぁ、そりゃそうか」


 加賀……?

 白昼夢を見たんじゃないのか?


「…………ああ、びっくりした」


「それで、僕は僕の気持ちがわからなくて、どうしようもなくって……」


「それで今日相談しにきたわけだな」

 俺は全力で平静を装って言った。落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら。


「うん……」


「なるほどね」

 画面の中は試合終了間際。あと一人の場面。何気なく投げた牽制球で、飛び出した赤いヘルメットのランナーがタッチアウトとなり試合が終了した。


 混乱の中、俺は黙り込むしかなかった。


 しばらく考えて、考えて、ようやく気付く。


 ――あぁ、そうか、もう俺の手ではどうしようもないんだな。


 操ることができると思っていた。思い通りに動かすことができると思っていた。

 だけど、とっくに加賀は俺の手なんか離れていて、自分の考えで動いていたんだ。でもだからこそ、それだけのことで相談に来るとも思えない。まだ何か悩み事があるんだろう。


 それはまぁ、加賀が言ってきてからでいいか。見当もつかない。


 とにかく、俺はもう加賀を、親友を、人形のように操ろうとするのはやめよう。

 気付くのが遅かったくらいだ。

 そんなに簡単に人間は思い通りにはならない。


 こんなことを思うのは、昨日の高島の話が効いてるのかな。


 思うようにいかないことを認めることはできたけど、でも、でも、加賀……できれば夕実の方を向いてくれ。約束を、覚えていてくれ。忘れないでやってくれ。


 だって、もう、夕実はいないのだから。


 そうなんだ。

 あの娘は夕実じゃない。


 人形でもない。


 霧野みやこという、人間なのだから……。


 ここまで辿り着くのに、ずいぶん時間がかかってしまったな。


 もちろんまだ葛藤とか、迷いとか、消えようのない感情は渦巻いているけれど。

 まだ混乱しているけれど。


「決断はお前がしろ。俺には何も言えん」


 霧野みやこのことを一番よく知っているのは、加賀、お前なんだから。


「やっぱり、そうだよな」


「以前お前に言ったこと、取り消すわ」


「え?」


「霧野みやこはやめた方がいいって言ったろ?」


「そんなこと言われたっけ?」


 こいつは、簡単に俺の言葉を忘れるよな。

 もしかしたら、俺が信用できないクズ野郎だってことに、無意識に気付いているのかもしれん。


「……まぁ、とにかく、どっちも良い娘だぜ。俺が保証しよう」


「新渡戸の保証は不安だな」


 そう、だよな。


「なんだとこのやろう」

 笑顔を作って加賀を小突いた。無性に、悲しかった。


 もしもこの時、ピンポーン、とインターホンの音がしなければ、泣いてしまっていたかもしれない。加賀の前で泣くわけにはいかない。


「ヒロアキかな」


「たぶんそうだろ」


 客人を迎えに行く途中、俺は加賀に言った。


「何を悩んでるのか言いたくなけりゃ聞かないけどな、真相なんて案外薄っぺらいものだぜ」


「新渡戸」


「なんだよ」


「ありがとう」


 俺は返事をせずに玄関の扉を開けた。


 そんな、礼を言われるようなことを今までしてきたわけではない。

 ないんだよ。


 さすがにもう十月だ、外気は冷たかった。


「おっす」「おっす」「おっす」


 三人同時に声を出した。突然加賀が笑い出して、俺とヒロアキは変なものを見るような顔をしていたんじゃないかと思う。


 その後はいつものように、三人で、楽しく遊んだ。


 思えば、俺はこの日、ようやく本当の意味で、夕実の死を受け入れたんじゃないかと思う。ほんの数十秒、ゲームの画面を見ながらの気付きだったけれど、俺にとっては大きな意味を持っていた。


 新渡戸夕実はもういない。

 霧野みやこという人間がいる。


 でも、もし今更夕実が返ってきてしまったら……今度はそれが怖くなった。



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