Chapter4 新渡戸の勇気_4
翌日も、文化祭。二日目。
この日、何もやることがない俺は文化祭に行く予定だった。ところが、朝、突然自宅の電話に掛かってきた。高島さきからだった。
そして、呼び出しを受け、知らない駅に降り立ったんだ。
突然何だ? 何なんだろう? 何故高島が俺を?
謎だった。
しかし、その謎は第一声にして解けた。
「新渡戸くん、あの、実は今日は、相談したいことがあって呼んだんだけど……」
なんだ、加賀がらみか。
「加賀のことか」
「な、なんでわかるの?」
誰がどう見たってわかる。
「俺は加賀を観察しているからな。加賀の周りで起こっていることなら、何でもと言って良いほど知っている」
「観察って……」
「ああ、いや、決してそんなヤバイ関係では断じてないぞ」
高島は、あっそ、とどうでもよさそうに言った後、俯いて、
「まぁ、加賀君のことなんだけど」
深く息を吐いた後、高島はさらに続けて言った。
「あ、歩きながら、話そうか……」
話すのに覚悟がいることらしい。
駅を後にした俺たち。駅前の公園を、俺と高島が無言で歩いている。
このシチュエーションは異常だ。
まず俺と高島が二人で、というのが普段からは考えられないし、無言で歩いてるなんていうのも俺達二人からしたら異常なことだった。二人ともどちらかといえばうるさい種類の人間だからな。
午前中の公園は、静かで、人もまばら。
まぁ、平日だし当然といえば当然か。
「ねぇ、新渡戸くん。加賀くんって、付き合ってる人とかいるの?」
「いないね」
「じゃあ、好きな人は?」
「それはたぶん、いる」
「やっぱり……霧野さん……?」
「どうなんだろうな。だが俺の経験上、霧野に対して好意があるのは間違いないだろう」
「そう、なんだ。霧野さん美人だし、あたしじゃ敵わないかなぁ」
俺にとっては霧野よりも高島のほうが魅力的に見えるがね。
何より、高島は、どこか妹に、夕実に似ている……。
容姿は全然似ていないのだが、何となく、何となく似ているのだ。
だからこそ、一番危険だとも思っているんだが。
さて、それにしても、どう言ったものか。
思案に暮れていると、高島さきが声を発した。
「昨日の演劇でね、加賀君はあたしを選んだけど、その時に、何だろう、違和感を感じたの。結局加賀君はあたしを最初から最後まで見てくれていないんじゃないかっていう、漠然とした違和感。それが何なんだろうって考えたんだけど、わからなくって、台本書いた新渡戸くんなら、何かわかるんじゃないかって思ってそれで…………」
ああそうか、高島は、そうか。
この現実では舞台の外なんだ。だったら――。
――こんな舞台に上がらせてはいけない。
俺は秘密を守り通すとあらためて決意した。
「そうだったか? 加賀は高島のこともかなり好きだと思うんだがなぁ」
「そう、なのかな。でも……。ねぇ、何か、知ってるんじゃないの? 新渡戸くんと、加賀くんと、霧野さんしか知らない何かを」
「何かって何だよ」
「それがわからないから聞いてるんじゃない」
「残念ながら俺にもわからないね」
「……嘘。今の感じ、演技してる時と一緒だもん。舞台の上と同じ。演技してる。嘘ついてる」
「嘘なんか、ついてないよ」
「ついてる。わざとらしく目を見る。声の調子が安定する。新渡戸くんは演技してる」
思ったよりも鋭くて驚いた。
態度がきついのにも驚いた。
だけど、何が何でも、これ以上踏み込ませたくなかった。
「知っていたとしても、それは高島に言うことじゃない」
「何でよ!」
高島は、あからさまに怒った。興奮して声を荒げる。
「何でもだ」
「あんな演劇のストーリーで、何もないとは思えないもの。何で魔女の役に霧野さんを選んだのか、わからないもの。あり得ない話、どう考えてもフィクションなのに、どうしてだかわからないけど、なんていうか、リアリティ、みたいなものがあって。だから、新渡戸くんと加賀くんと、霧野さんの間に、何か、あるんじゃないかって!」
「姫、落ち着いて」
「姫じゃない! あたしは今、高島さきとして貴方に訊いてるの。王子じゃない、新渡戸夕貴に!」
姫は失言だったか。くそ、頭回らんな。
「落ち着けって……」
「嫌なの! 折角仲良くなってきた。なのにあたしだけ知らない秘密があるなんて、そんなの、耐えられないじゃない……」
知らないのは、高島、お前だけじゃない。
加賀もなんだ。あいつも知らないんだよ。いずれ霧野みやこが、新渡戸夕実になったとき、高島にも、機会があれば教えてやるべきなのだろうか。
しかし、俺という人間は、ひどく嘘にまみれているな。
こりゃ、ひどいな。笑えない。
「……何とか言ったらどうなの?」
無言を返すことにした。
「ちゃんと答えてくれるまで、今日は絶対に解放しない」
言葉を返さない。
そしたら、高島さきは黙って俺をにらみつけた。
しばらくそのまま、視線がぶつかり合う。
黙秘という逃げは、絶対に許してくれなさそうだった。
「…………」
「…………」
仕方ないか。こんなこと言いたくないんだけどな。
「高島さ、お前、加賀のことどれくらい好きだ?」
「え? そ、それは……わ、わかんない」
「じゃあ教えられないな」
「す、すっごい好き!」
本当に恥ずかしそうに言った。
聞いてるこっちも恥ずかしくなった。
「そうか、すっごい好きか。なら尚更教えられないな。加賀のことが好きであればあるほど教えられることじゃない」
「……ずるい!!」
「ああ、俺はずるいんだ」
「なんで! なんでこんな人が加賀くんの親友なのよ! 信じらんない!! 最低!」
同感だ。
「でもな、絶対に教えたくない秘密を、誰でも持っているものだろう?」
「…………あたしにはないもの!」
嘘っぽい感じがしたけれど、まあ誰にだって秘密はあって、その秘密をもっていることを知られたくないものだ。
「ないのか。秘密がないなら、お前には一生わからないだろうな」
「なっ――」
さらにムカっときたようだ。
俺はどうも、人をイライラさせる才能があるらしい。
「いいか、加賀にはあるんだ。俺にもな。そして霧野にも。秘密がある。それが繋がっていようがいまいが、高島が土足で踏み込んで来ていい領域じゃないんだ。たとえばお前の一番好きな秘密の場所が、誰でも知っていて、人が溢れかえるようになっていたりしたら嫌だろう? たとえばお前の一番好きな加賀遊規の――」
「わかった……そこまで言うなら……」
高島は俺の話を遮って言った。納得してくれたのかと言えば、絶対にそんなことはない。
ただ、このまま俺と会話してたら頭にきて何をしでかすか自分でもわからなくなりそうだったんだろう。たぶん、そう。
絶対に納得していない
けれど平和の国のお姫様には、この辺で退場願おう。
絶対に巻き込むわけにはいかない。
これ以上、この舞台に、役者は、いらないのだから。
俺と、加賀と、霧野みやこと、そして、夕実。
三人……いや四人か……。
これだけで。
「ごめんな」
俺は形だけ謝った。
「ううん。あたしこそ」高島のほうも、形だけ許した。「たしかにあたしにも、加賀くん以外には教えたくない場所とか、あるもの。それで、えっと……なんていうか、今日の話って……これだけなのよね……」
「まぁ、あれだ、折角仲良くなれたんだ。また、明日。学校でな」
「うん。新渡戸くん、今日はありがとう。また明日!」
高島さきはそう言うと、いつもより少しだけ暗い笑顔で手を振り、駆けて行った。
電車賃分の価値がある会話だったかどうかわからないが、高島は要注意だということは、よくわかった。
……俺は、正しいのだろうか?
……間違っているのだろうか?
全て、解らなくなった。
まるで、解き方を聞かされなかった、呪いのように。




