Chapter4 新渡戸の勇気_2
どれだけ時間が経っても、霧野みやこには近づけない。そう思った。
妹という設定の、プログラムの、その女の子を避け続ける。
そうやって逃げ続けて、いざ夕実が返ってきたときにも、どう接したらいいかわからなくなりそうだった。
しかし、関わって、夕実が、返ってきてしまったら……考えると、怖かった。
霧野みやこは簡単に同じクラスに割り当てられる。
それでも、加賀もヒロアキも同じクラスだということが、救いだった。
高校に入って、霧野みやこは律儀に薬を飲んでいた。
俺はそれを、およそ一年間欠かさずチェックした。
二年目の夏休みが明けてから、俺はそのチェックをしなくなった。
理由は簡単。
俺は結局、霧野みやこを人間として見ていなかったのだ。
チェックなどしなくてもアレは機械的に命令を遵守するさ。
そう、機械的にな。
何の不確定要素もなく、全て決められた設定。
毎時間ごとにわけのわからない薬を飲んで、寄り道することなく寝床に戻って薬を飲んで、たまに薬をもらいに来る。「おにいちゃん」と言う。設定。学校では「新渡戸くん」と言う。設定。人間じゃない。
アレは、人間の形をしているだけだ。
笑わない、喋らない。そんな人形に、社会性?
馬鹿げてる。
言ってしまえば、偽造通貨を無理矢理自動販売機の紙幣の入口にねじ込もうとしているようなものだ。入るわけがない。価値もない。存在が罪。
妹? あり得ない。
そんなある日のこと。
「なぁ新渡戸、お前さ、霧野が何で『ウルフ』って呼ばれてるか知ってるか?」
加賀遊規は興味に満ちた瞳で、ソレの方をチラチラ窺いながら訊いてきた。
ダメだ、加賀。霧野みやこなんて人間はいないんだよ。
「あぁ、あの娘はやめたほうがいいぜ?」
「なんで? たしかにいつも険しい顔してるけど」
「加賀。お前そんなに霧野に興味あんの?」
できるだけ軽く。でも興味を削ぐように。
ちくしょう、どう言ったらいい?
「ないよ。ただ何でそんな風に呼ばれてるのか気になっただけ」
「馬鹿だな、それを興味あるって言わないで何なんだよ?」
「…………」
黙って考え込んじまったな。すぐ思考の迷路に入ってしまう。加賀の悪い癖だ。でもそれでいい。お前は俺の掌の上で踊っていればいいんだ。
「ま、止めはしないけどな」
俺は笑い声を混ぜながらそう言った。
自然に、振舞った……つもりだ。ダメだ。加賀。ソレは、まだ。
時が、来るまで……。
授業が始まったけれども加賀のことが気になる。
そこで俺は授業中、監視することにした。いつの間にか、板についてしまった監視を。
何かを一心不乱に書いている。
ありゃ勉強じゃない、関係ない何かだな。
あの加賀が、まして現代社会の授業のノートを教師の板書しない言葉を交えてノートするはずがない。とすると、恥ずかしいもの。間違いなく。霧野みやことかいうものに興味を持ったから、それに関連して……お、消しゴムかけたな。力強く。これはもう確定的に恥ずかしいものだろう。そしてそれを塗りつぶす。
一部始終、見ていた。
加賀と目が合った。
ペンを机に落として頭抱えてやがる。
動きは面白いが、何を書いていたのか気になるな。
「新渡戸! 加賀! またお前らか! ホットラインも程々にしろな」
うるさいな。それどころじゃねぇんだ。
ん……? 今、霧野みやこを見た、というか、見てるな……。
これは、まずい、な。
休み時間。
「加賀~」
親友よ。頼むから杞憂であってくれ。霧野みやこを見ないでくれ。
加賀は無言を返してきた。抵抗の表明なのかもしれない。
「やっぱりお前……むグ」
「言うな」
口を塞がれた
「ふふぃふぁんふふぁろ?」好きなんだろ?
「ふふぃってなんだよ」
「ふぃふぁこ」みやこ。
「サッカーに興味は薄いがどうした」
「ふぃふぃふぉふぃふぁふぉふぁふぉ」霧野みやこだよ。
「何言ってんだかわかんねーよ」
「ふぁふぁふぁ」だから……。
「相っ変わらず仲いいねぇお前ら」
ヒロアキが横から入ってきた。
仲いい……か。俺はこんなにも嘘ついてるのにな。
「これが良いように見えるか? だったら眼医者に行くべきだな」
う、鼻もつままれる。
「むふ~~~~~~~~~~~~~」
「気色悪い。やばい声をだすなこの野郎」
無理言うな。死ぬっての。
「加賀ーその辺にしとけって」
ヒロアキの声が救ってくれた。
「もう言わんか? 何も言わんと誓うか?」
首を縦にガンガン振って肯定する。
言うけどね。
加賀の手が離れたとき、ぷはぁと息を吐いた後、大きく息を吸って、
「別に誰が好きだっていいじゃねーか! 誇れよ!」
我ながら最低。
でもダメなんだ。二人がくっつかないように、まだ接点を持たないように、ざわざわとした教室中に響き渡る声で言う。これでいつもの加賀なら、勝手に思考の迷宮に突入して自滅してくれる。
「あのなぁ新渡戸。怒るよ?」
加賀のぎこちない笑顔。こわい。こいつは怒った時よくこういう顔で笑う。史上最強クラスに怒ってる。
「え、加賀好きな奴いんの? 誰誰?」
ヒロアキナイス!
それから、しばらく無言時間があって、加賀が突然、早口小声で喋り出す。
「ヒロアキとの出会いは数年前に遡る。出会いといってもそんな大それたものじゃなく中学でクラスが一緒だったってだけであり、それはこの新渡戸とかいう奴もだいたいは同じ……いや新渡戸とかいう奴は……」
これ、思考の迷宮。
「おーいおちつけー。声もれてるぞー」
「はっ」
「よう、お目覚めか?」
「うむ。それで何の話だったかね? そそそそれはそうと次の授業なんだっけ? 何だっけ?」
加賀は小さな自爆をごまかそうとした。
「ああそうだった、次、英語だろ? そこで、だ」ヒロアキは手に持ったノートを頭上に掲げて、「訳うつさしてー!」
加賀とヒロアキが会話をしている間に考え出そう。最も違和感なく加賀に霧野を諦めさせる方法を。
ええと、どうやって操縦しよう。霧野から、遠ざけるには……。
なんて、こんなこと考える奴が親友とか、ありえないよな。
ごめん、加賀。俺自分勝手だな。でも、でも、さ……。
「お安い御用だ! 持って行きたまえ!」
加賀はノートを机の上に置いた。
「さんきゅー。急いで写してくる」
ヒロアキは加賀のノートを手に自分の席に戻りペンを走らせる。
さて。
「で」
と、俺は言ったのだが。
「で、じゃない。帰れ」
「ひーどーいー」
「うるさい帰れ」
とりつく島もないか。そりゃそうだろうな。
「まぁまぁそう怒るなって。誰にも言わないよ」
「一体コイツは何が楽しくてああいうことをするんだろう」
「ん? なに?」
「まぁいいや。もう慣れたよ。と、言っておく」
これは、残念ながら決まりだな。十中八九、加賀は霧野みやこが好きだ。少なくとも、好意に傾いた興味を持っている。
「そうか」
俺は気のない返事をした。
このままではだめだ。対策を練らないと。
対策……対策……。
自覚してる、俺って最低。
★
英語の授業。
知らぬ間に眠っていたらしい。
英語は、嫌いになっていた。
時々寄る研究所で飛び交う横文字の言葉。
何を言っているんだかわからないものが多かったが、きっとそれは、人間に向けて使う言葉じゃない。
――妹はもう、人間じゃない。
常識のように思うようになっていた。
すぐに放課後になった。
加賀が掃除に励むのを眺めながら、隣に居たヒロアキと話す。
「なぁヒロアキ、嘘ってついたことあるか?」
「そりゃあるぜ。人間だからな」
「人間って、何なんだろうな」
「何かあったのか?」
「あるような、ないような」
そんな会話を交わしている間に、加賀が無様にもジャンケンに負けたらしい。ゴミ捨て当番が決定していた。
「筋トレだと思って行けば損した気にはならないよね」
「じゃあヒロアキいってこいよ」
「やだ」
「だよな。あーめんどーい」加賀が天井を仰いだ。
「待っててやるからさっさと行って来い」俺は偉そうな口調で言ってやる。
加賀が教室を出てゆくと、すぐにヒロアキが話しかけてきた、
「新渡戸さ、死んだはずの人間が生きていたらどうするよ」
「死んだ人間は生き返らないよ」
「生き返っちゃいけないと思うか?」
「何で急にそんな話するんだよ」
「新渡戸。そろそろ、危ないぞ。気をつけろよ」
「何言ってんだ。真面目な口調で。新しいギャグか?」
「まぁ、そんなところだ」
たぶん、ヒロアキは全てを知っていたんだろう。
とんでもない嘘つきだな。
この言葉を掛けられた時点で、何の異変にも気付きもしなかったこの時の俺は、少しおかしかったな。
しばらくして、加賀が戻ってきた。
「さて帰るか」
「ああ」
★
帰り道。
ヒロアキが鞄から何かを取り出した。
「加賀ー。何も言わずこれを受け取ってほしい」
「なんだ、これ」
そして、叫び。
「ああああああああああああああああああああああ」
「そう、世界史の、ノートだ。お前の」
「なな、なか、中、見た?」
「何をうろたえている。ほとんど白紙だったじゃないか」
「見たのか見たのか見たのかあああああああ」
「安心しろ、新渡戸に見せるつもりはない。俺たち二人だけの秘密だ」
「って新渡戸ここにいるし! 秘密になってないし!」
そこで、俺が会話に割って入る。
「話が見えないが、何だその面白そうなノートは」
さっき書いていたやつだな。現代社会の時間に。
「見せない」加賀は必死に。
「見せろ」なぜか俺も必死の口調。
「見せない」
「やだ! 見せろ!」だだをこねるように言ってやった。
そしたらヒロアキが言うのだ。
「内容なら短いから覚えてるよ。何のことかわからなかったけど……たしか、『彼女の方をみた。ノートも教科書も何も乗っていない机に頬杖をついて、何もない白い壁を見つめていた。彼女の目に何が映っているんだか。不意に彼女の目が僕を捉えた。やべ。目合った。どうしよう。氷結。目を逸らせない。長い長い数秒間見つめあい。目を離したら負けかなと思った僕は……負けた。』だったかな」
百パーセント。霧野みやこのこと。
霧野みやこに興味を持った証拠。証拠。
証拠が出てしまった。
「なんと興味深い。いや実にいいな。すばらしいな!」
思ってもないことを言った。自動的に言葉が出ていた。
「だが俺にはこの『彼女』が誰だかわからんのだ。俺はてっきり加賀は高島が好きなんだとばっかり思っていたから」
「ヒロアキそれ本気で言ってんのか?」
「ああ、わからん」
「どう考えても霧野みやこじゃねえか」
「ぉぁ! 言われてみれば!!」
「せ、正解……」
弱々しくも、好意を認めた。自白した。俺は観念して罪を認めたような加賀遊規を、呆然と眺めていた。
「そういや加賀さ、あの上の段の塗りつぶしたところは何て書いたの?」
「ちょ……なんでそんなん言わなきゃいけないの!」
「ちょっと貸せ」
「あ」
俺はノートをひったくった。
そして鉛筆で次の次のページを塗る。浮かび上がった文字。
「霧野みやこ観……察……日……記……・・?」
絶望と呼べるような感情を抱いた。
どうしてだよ、加賀……。
お前がこんなにも興味を持つ相手が何で霧野みやこなんだよ!
高島とか級長さんとか他にも可愛い女子は大勢いるだろう?
好きだと言っても全力で潰すけど。
何で霧野。
霧野はお前には似合わないよ。まだ。
今は、まだ。
「まて、誤解だ。そんな趣味はない」加賀はさっきよりも必死だった。
「まぁ好きな子のことは気になるよなー観察したくなるよなー」
「まてまてまてまて。好き? いやぁそんな好きとかじゃないから。ないから。ちょっと興味があってほら綺麗で」
「よりによってウルフとは、マニアックだな。末恐ろしい」とヒロアキ。
「でもさ、お前霧野と話したこともないだろ? 何で好きになるんだ?」
好きになるな。
「え、好きというか、なんか綺麗だなって思って」
綺麗?
どこが?
あんな死んだ目をした女が?
「ふーん……とりあえず返すぜ。がんばれよ! じゃ、また明日な」
話せば話すほど、霧野を好きになってしまいそうな加賀を、見ていたくなかった。だから俺は、逃げるように加賀から離れて、駅の改札を出た。
俺の足はパン屋に急ぐ。
歩きながら考える。
でも、そうだな、どうせ霧野みやこなんてものに惹かれていても、中身がないことを知ったら、加賀も興味を失うさ。しばらく静観するのがいいのかもしれない。思い返せばこの日の俺の言動は、むしろ霧野に対する興味を煽ったという結果を生んでしまった。
失策。ひどい失策。
★
嘘ばっか。
この世は全部嘘ばっか。
俺が一番嘘ばっか。
「夕貴、夕実の様子はどうだ? ちゃんと学校で元気にしてるか?」
「ああ、元気だよ親父。今日も一緒に遊んだ」
こんな嘘が自然と口から出るようになってしまった。
「そうか。もうすぐだ。もうすぐ本当の夕実が……」
「そうだな、もうすぐだな」
親父はそう、言ってみれば、妻を売って死んだ娘を買ったようなものだ。
生きた人を捨て、死んだはずのものを買ったんだ。
行動に違いはあれど結果として残っている現状は俺の母が消え、妹もまだここにいない。
きっと返ってこない。
そんな、予感があった。
さて、加賀の『霧野みやこ観察日記事件』の翌日の昼休みのことだった。
回りだしたらしい歯車は、止まる気はないらしい。
「さぁ加賀君、今日の調子はどうだい?」
「どうって?」
「もちろんあのことだよ」
霧野みやこのことに他ならない。
「あぁ、話しかけた」
「何て!?」
嘘だろ、やめろよ!
まて、落ち着け。心の中で子供のように叫んだ俺自身をなだめるんだ。
「おはようって」加賀は沈んだ様子で言った。
「なんだそれだけか」
俺はホッとため息を吐いた。
「まぁ当然、無視だろ、かわいそうに」
そう、反応するわけがない。
「いや、おはようって返ってきたけど」
「んな!?」
嘘、嘘つけよ。
「何をそんなに驚く?」
「何ってお前、霧野だぞ?」
「あぁ」
「霧野がまともに声を発したところ見たことあるか?」
俺はあるけど。でもそれは、設定。設定。プログラム。
「いや、記憶の中ではあれが初」
「ちょっと今行って来い。行って何かしゃべって来い」
確かめたかった。喋るはずがない。そんなはずはないんだ。
「え、いや、今はその、えっと」
「行けないんなら霧野と会話したことは嘘だとみなす!」
「んなこといったって……」
「嘘つきの最低野郎だって言いふらされたくなかったら行くんだ!」
嘘つきの最低野郎。それ俺のことだけどな。
そして、加賀が霧野の前に立つ。
「あの、えっと……好きです!」
告っていた。
「な、なぁんちゃってぇー……」
誤魔化していた。
「……」
無反応……?
ほらやっぱり、無視だ。返答するはずがないんだ。霧野みやこが。そういう設定だからな。
「ぁぁ……」
加賀が戻ってきた。
「加賀、おもしろすぎるぜお前!」
「新渡戸ぇ~」
「何甘えたような声出しやがる。まだ何も起こってないじゃないか」
よかった。そう、まだなんだ。もう少し、全ての薬をアレが飲み込むまで待つんだ。
その時まで。
「んなこと言ったってぇ……」
うろたえる加賀。
そしてヒロアキが、まとめにかかる。
「雨降って地固まるってやつだな」
「雨降ってない上に地固まってもいないぞ」と俺は言った。
だけど、そうなればいい。いずれ、アレが夕実になった時に。いつか来る、その時に。
★
その日の五限、六限は文化祭について話し合うHRだった。最初はざわついていた教室も、時間が経ち意見が出るごとに引き締まっていく。
学級委員、つまり級長がテキパキと話をまとめていった。
その間加賀はといえば、霧野みやこを見つめたかと思えば、高島さきと談笑したりしていた。
何度言わせる?
霧野も高島もダメだ。
――お前は夕実だけ見ていればいいのに!
五限の終わりに、高島さきが挙手して発した言葉。
「演劇、やりたいです!」
文化祭なんてどうでもよかった。
でも、こうなるとどうでもいいなんて言っていられない。
クラスで演劇となれば全員強制参加になるだろうことが予想できる。
六限開始前の休み時間に、男子は集合して会議した。
女子が多いだけに票の分散を避け、なんとしても演劇を避けようという、そういう話し合いだ。話し合いの結果、全力でたこ焼き屋をプッシュすることでまとまった。
加賀は話し合いも投票も眠っていて、結果的に大戦犯になってしまったが、自業自得だ。
演劇を提案した高島さきと楽しげに会話しているのも我らがG組男子会の逆鱗に触れたらしく、紙くずや消しくずが飛び交うこととなったのだった。
演劇ねぇ、全くやる気が起きないな。
そして席替え。霧野みやこの隣になった。別に何も感じない。
――本当にそうなのだろうか?
もしかしたら「何も感じない」と感じろと、俺自身が命じているのかもしれない。
わからない。考えたくない。どうでもいい。
放課後になって、加賀を置いてヒロアキと帰る。
下駄箱。
「置いてきちゃってよかったの?」
「しょうがないだろ? 加賀のせいだし」
「まぁ、そうだけど……」
と、その時だ、
「おい新渡戸!」
不意にクラスの男子に声をかけられた。
「ん? どうした?」
「ちょっとこれから男子で会議あるらしいんだ。山田も来いよ」
会議、か。演劇に決まったことで何かあるんだろうな。
「わかった。行こうぜ、ヒロアキ」
「ん、ああ」
会場は音楽室だった。
軽音楽部の部長がクラスにいたため、見方によっては不法に占拠し、話し合いがされた。
話し合いというより、加賀に対する愚痴大会になっていた。
「加賀の野郎が起きてさえいれば」
「実は高島とデキてるんじゃないのか」
「加賀はニート」
「加賀を北の方に埋める」
とか何とか。
「落ち着け皆」
と、一応俺が皆をまとめようとする。
上履きを脱ぎ、ピアノの椅子の上に立つ俺を、クラス男子が見つめていた。
「落ち着けってどういうことだ! お前の相方のせいで演劇なんてやる羽目になったんだぞ!」
「責任とれ!」
ここはどこの国会だ……。
さて、このままじゃどうにも収まらないな。どうするべきか。
こんなこと壇上に立ってから考えてもまとまるものじゃないぜ。
「皆、加賀をどうしたい?」
という俺の問いに、クラスメイトたちは、
「埋めたい」
「限りなく恥ずかしい思いをさせたい」
「このまま無視し続けて心の傷を負わせたい」
文化祭で何やるか決めるときにはこんなに積極的な意見は出ないのにこいつらときたら。
「演劇つぶしてたこ焼き屋強行しようぜ!」
「お、それいいな! まさに祭りって感じ?」
おいおい、なんという暴力的思想を展開してやがる。
これはさすがに口を挟まないといかんだろう。
「それはダメだ」
俺は両手で空気を抑える動きで、落ち着かせようとする。
「何だよ新渡戸。じゃお前何か考えがあるのかよ」
何も言い返せない。
考えなんて無かった。
「ほら、無いんじゃねえかよ。潰そうぜ」
こうなったらもう、不本意だが仕方ない。
「演劇をやる」
俺はそう言った。
「はぁ? それが嫌だからここで話し合ってるんだろうが!」
「わかってる。でもお前ら、何で演劇やるのが嫌なんだ?」
「え? だって、めんどいし?」
「人前で劇やるトシでもねえだろぉ~」
だよな、俺も少しはそう思う。まぁ年齢なんて関係ないんだろうけど。
「そうだな。その通りだ。恥ずかしかったりするもんな。だが、それを逆手に取る」
「は? どういう意味だよ?」
「加賀に主役をやらせて酷く恥ずかしい役をやらせる。そして、あらゆる面倒なことは俺に押し付けてくれていい。親友の失態だ。俺が責任を取ってやる。どうせ今のままだとどっちに転んでもうまくなんて行かない。たこ焼き屋強行なんてできっこないし、演劇も中途半端なものになるに決まってる」
「まぁ、たしかに……」
「つまり、加賀を晒し者にするわけだ。だからこれ以上物騒な発想はやめてくれよ。加賀のことも許してやってくれ」
加賀にも負い目がある俺にとっては、本当に、本当に不本意だけど……。
こうするしか、ない。
「……新渡戸、一つ条件がある」
「何だよ」
「お前もついでに、恥ずかしい思いをしろ」
「何でだ」
「保険だよ。口約束を守らせるためのな」
「別に書面にサインしてもいいんだぜ?」
「そういう問題じゃないな。親友の失態の責任を取るんだろ? だからお前もだ」
「わかった。俺も出演して恥ずかしい思いする。だから、明日のHRで俺に賛同してくれよ」
「わかった。俺たちは要するに、面倒じゃなけりゃいいんだよ。都合よく手抜ければな」
そしてその男子は続けて、
「最後にもう一つ」
「条件は一つじゃなかったのか?」
「今思いついたんだよ。あー、その、何だ。どうせやるんなら、ちゃんと、やっつけじゃなくって成功……させろよ?」
無責任なことばかり言う。だが、
「そのつもりだけど。そう言うなら、全部俺に任せろよ? 抗議は受け付けないからな」
「あ、あぁ……」
俺が椅子から降りて、会議は解散となった。
帰り道の電車の中で、ヒロアキは俺に言った。
「あんなこと言って大丈夫なのか?」
「知らん」
どうにかするさ。きっと、どうにかなる。
「知らんって……」
「なんとかなぁれ」
「そういう所、尊敬するよ」
「いや、ヒロアキ、俺はそんなにポジティブじゃないぜ? 表面だけ。虚勢張ってるだけ」
「それでも、さ」
「そうかい」
地下鉄のドアが開いて閉じた。




