祭りの終わったその後に4
ナギは海から上がると、川に向かう。川で肌や髪に染み付いた塩を洗い流すためだ。
川で濯がねば、塩が肌に吹いて不快だからだ。
濡れた服を絞り、髪を風に任せて乾かしていると、よたよたと歩いてくる男がいた。
蓬髪は、乱れ衣服はほつれ毛羽立っている。しかし何よりその男が異様なのは、恐ろしく背が高く。そして髪は血のように赤い。
エビスだ。
海から流れ来た男。そして今は土の女衆に飼われている男。
エビスが、何をして女衆に養ってもらっているかナギは知らない。しかし、エビスによく似た子供が、ちらほらと生まれ始めている。
その子供達は、髪が赤く、瞳も赤い。
エビスの目は、空色をしているのに。
ナギはエビスがおそろしかった。いつも虚ろな目をしている恵比寿が、ナギを見るときだけおそろしい目になる。
突き刺すようなおそろしい目。
ナギは、後ずさりすると逃げた。
エビスの呻き声が聞こえた。エビスは言葉がしゃべれない。わけのわからないわめき声が、意味の分からない呟き。ふとナギはそれがエビスの言葉なのかもしれないと思った。
エビスの言葉はナギの言葉とは違うのかもしれないと。
おじじが、ナギを迎えに来てくれた。なぎの様子を見て、眉をひそめる。
「何があった?」
「エビスを見た」
おじじはどこか納得したような、どこか切ないような顔をした。
「ナギはエビスがおそろしいか」
ナギが小さく頷くとおじじはぽんぽんとナギの頭を撫でる。
「だが、エビスはおじじの仲間じゃ」
そう言われて、ナギは、不思議そうにおじじを見上げた。
「わしと同じく、エビスも船を降りた船乗りじゃからな」
ナギは、おじじの腹に抱きついた。
「いや同じじゃないな、わしは船を下りた、エビスは船を取り上げられた」
おじじの声はどこまでも苦い。
「同じ船乗りじゃ、おそれるな、おそれてくれるな」
ぽんぽんと何度もナギの頭を叩く。
二人は寄り添って、寝床に帰る。
ナギは、目を伏せて、山を登っていった。
そしておじじのいっていることを考えた。恵比寿が船乗りならどうして印がないのだろう。
今では、おじじと二人だけになってしまった額の印を指でなぞる。
印は絶対だ。一度決まればけすことはできず取り消すこともできない。
ナギのほかの子供にはすなどりびとの印がある。
ナギはすなどりびとにはならない。他の子供も船乗りにならない。それが当たり前だったはずだ。
それにエビスは仲間じゃない。エビスはナギを睨むだけだ。
いつだってあの不思議な空色の目でナギを憎憎しげに。
何故エビスはナギだけを憎むのだろう。
ナギにはわからない。