迫りくるもの
お待たせしました。
海に向かう者たちはみな浮かれていた。
夏は海の祭りだ。そして女衆達も浮き立っている。
冬以来から再び新たな船がやってきたのだ。
旅人達はこの近くで行われる海の祭りに参加するためにやってきたのだ。
すなどりひと達も茉莉に使われる供物をとるために忙しく働いている。
ナギ達はすなどりひと達に混ざることもなくほかの旅人達に交じって、海に入り清めの儀式を行っていた。
夜が明けきる前に海へと向かい、朝日を浴びながら、海中に潜り海の神に祈りをささげる。
残念ながら方角の関係で、太陽は山の上から昇る。朝日を浴びながら海を浴びることが大切なのだとほかの大人達は言う。
おじじとイサナはこの儀式に参加していなかった。
二人はもう引退した身なので、海の加護は必要ないのだと言った。
塩でぱさついた髪をかきまわしながら、髪が短くてよかったとしみじみ思う。
もともとこういう理由で海にかかわるものたちは髪を長く伸ばすことを許されていない。
何度も海水を浴びたので、肌がじゃりじゃりする。
サザとミギワも何度も自分の胸をこすったりしている。
ナギは腰布一枚で、砂と塩を手ではたき落していた。
とはいえ、この清めの儀式はそうつらいものではない。何しろ夏なのだ。
じりじりと照りつける太陽がまぶしいが、ナギの肌はすでにそれに慣れ切っていた。
これに比べれば、真冬に膝まで海につかり小魚をざるですくったり海藻をとるのことを考えればむしろ楽しい。
「ナギ、いなくなっちゃうの?」
ふいにサザが口を開いた。
「ああ、うん」
そろそろナギを旅に出そうとオジジが言っていた。
もうすぐなぎはここを出る。
祭りが終わったら。
前の祭りの終わる日にナギは仲間を送り出した。
水平線の向こうに消えていくその姿をナギは岸壁にたたずんでずっと見ていた。
おじじがいつの間にか近寄ってきた。
「念のためもう少し切っておくか」
方につきそうなくらいの髪をひと房つかむ。
そして、よく切れる黒い石の刃物を手にした。
岩場に座らされ、頭の付け根まで髪を刈られる。
ここまで短くされたことは初めてだった。
「どうしてここまで切るの?」
「一度旅に出たら、おいそれと切ることはかなわない、それに長くしていれば危険だ、切れるうちに切っておいたほうがいい」
切った髪は集められ、それをサザとミギワに渡す。
「これは祈りの場に埋める。お前の無事を祈っているよ」
そうオジジは言った。
ナギは少し記憶を探る。前の年の夏はどうだったか。
「たぶん、お前がわしが最後に送る子だ、おそらくサザや水際を送るのはイサナの仕事になるだろう」
おじじは苦く笑う。
サザとミギワの小さな手のひらの髪。サザとミギワも神妙な顔で、その髪を見下ろしていた。