獲物の始末
まだ尾びれが小刻みに痙攣しているそのままの状態で解体が始まった。
黒っぽくつやびかりする皮の下にまぶしいほどの白い脂肪の層がある。その下の肉質は真っ赤だ。
肉や皮はすぐに塩水に漬けこまれる。
はらわただけはすぐに痛むので、すぐに食べられるよう茹でられる。
そこまで処理して、そのあと土の女衆に任される。
まる一日付け込まれた肉は天日で干される。
そして一部干されることもなく細かくたたいて、好みの粉を混ぜて、丸くこねあげられる。
それらは、子供達のために供される。
この肉はとても貴重だ。子供には、欠片を木の実の粉で伸ばしたものしか与えない。肉をそのまま食べていいのは一人前とみなされた大人だけだ。
去年は鯨を獲ったのを見ていた。
鯨は巨大だ。ナギは近づくことはできなかったが、帰って遠目で見た方が全体図は理解しやすかった。鯨は数年に一度しか取れない。
そして鯨をとれば誰かが死ぬ。
あの時は五人死んだ。
二人は死骸が浜に上がった。三人はそのまま戻らなかった。イルカは毎年取れる。
すなどりひとと土の女衆が浜にいて、ナギが山から浜を見下ろしている。
下映えを踏み荒らす物音にナギは振り返った。
いつの間にかオルハが来ていた。
オルハは何も言わず物珍しげに下の光景を見ていた。
二人は無言でしばらく並んで立っている。
「あれは私には関係ないね」
オルハは座り仕事だ、その仕事をする人間にはさして肉は必要ないと差し出されない。
だからオルハには関係ない。だが、ナギには大きく関係がある。
もうすぐナギはここから出ていかねばならない。去年もイルカがとれるようになってから夏の祭りが始まった。
茉莉はおじじが星を読んで決める。
星の読み方はナギも習ったがよく理解できない。ナギにわかるのはほんのわずかだ。真北の星だけは確実にわかる。しかし、それ以外はさまざまなことが多すぎてよく覚えられないのだ。
「生き物の腹の中をはじめて見た」
オルハが茫然と呟く。イルカの中からずるずると長い腸が引きずり出されている。オルハは少し顔色が悪くなっているようだ。
「魚も、人も、腹の中はそう変わらないよ」
去年死んだすなどりひとは、魚に食い荒らされ、はらわたをさらけ出した状態で打ち上げられたのだ。腹の中を食い荒らしていた魚が尾びれをびちびちとうちふるっていたのを覚えている。
死骸は、海で生きればどうしても見慣れずにはいられない。
人も、人でないものも。オルハはここで見ているだけで幸運だったろう。おそらく浜にいれば血の臭気で吐き気を催していたはずだ。
どのみち織の里で肉は食べない。そう支障はないだろう。
「見たくないなら、里から降りないようにするんだな」
海からとれる物だけではない。時に山の男衆が、猪や鹿、兎などを持ってくることもある。それの解体は土の女衆の仕事だ。