雨の日の小舟
ナギは雨の降る中、船の中にいた。
雨が降るときは魚が取れる。釣竿を手にナギは船に座り込んでいた。
傍らで、サザとミギワが、一生懸命木の椀を使って、船にたまる水を掻い出している。
そろそろ水が温んでいるので、二人に泳ぎを教える時期が来るだろう。
濡れそぼって、冷えてきた身体を震わせながらそう思う。
かじかみかけた指先でも、ナギは竿の震えを感じ取り、魚を釣り上げた。
針を外しながら、二人の様子をうかがう。
二人ともおびえているような様子はない。
今は海も雨で濁っているが、そろそろもっと暑くなって晴れる日が続く。
そうなったら二人を背のつかないくらい深い場所に連れて行こう。
ナギのそんな不穏な考えを察知したのか、サザが上目づかいにナギを見る。ナギはまずサザとミギワ、そしてある程度獲物が入った籠を見つめる。
「そろそろ岸に戻るか」
そう宣言するとうれしそうに二人は歓声を上げた。
岸にある雨宿り場所。実際はせり出した岩壁だが、誰でも使えるようにと乾いた枯れ草が籠もりしてある。
すでに誰かが使ったのかじんわりと湿ったそれで三人は雨に濡れた身体をぬぐっていた。
まだ湿っていたが、応急処置は済んだと、元の船着き場に戻っていく。
ナギが櫂を操るのを、サザとミギワがじっと見ている。
二人はまだ身体が小さいので、櫂を操ることができない。
水の力に負けないほど力がつくのはいつのことだろうとナギは思った。
船を岸にあげると雨水が入らないようにさかさまに置く。
こうした季節には、この船はナギ専用だ。一番軽いので、ナギでも扱えるのだ。
手についた砂を払っていると、ナギはいるはずのないものを見た。
篠突く雨の中をたった一人佇んでいる。腰まで届きそうな長い髪もたっぷりと水分を含んで滴が滴っていた。
オルハはこの季節下まで降りてくることはまずない。
いつものようにあの山のてっぺんで作業に追われているはずだ。
ナギの眉間にしわが寄った。
「こんなところで何をしている?」
「船を見に来た」
オルハはそう答えた。普段なら毒舌の十や二十は吐くはずのオルハが今日は妙に静かだ。
「なんで?」
船はオルハに用のないはずのものだ。なんでそんなものを見に来ようと思ったのだろう。
サザとミギワが、じりじりと二人から遠ざかろうとする。
二人の中の険悪さは、季節の移り変わりの中で学ぶ機会はいくらでもあった。
「あの船はあっちの船よりずっと大きいね」
ナギがさっきまでのっていた船を指差す。
ナギ一人で扱える。ナギとサザとミギワの三人でいっぱいになってしまう小さな船。あの船と比べるほうが間違っている。
「あれに乗って行くんだろう」
オルハの目が冷たい険をはらむ。
やっぱりかとナギはため息をついた。結局こうなる、オルハと気持ちよく分かれられたことがない。
ナギは無言でオルハを睨む。
「せいせいする」
そう言い捨ててオルハはその場を後にした。
立ち去っていくその後ろ姿を見ながら、わけがわからないと口の中でだけ呟いた。