うちつけるもの
織の里からおばば達が呼ばれ船を清める祈りを捧げる。
そして火が焚かれる。火は清めの火、それにさまざまな乾いた草をくべていく。奇妙な芳香が辺りに漂った。
扇いでその煙を船へと送る。
船は、これで完成ではない、これからまた、外海に出るためにつけくわえられるものがある。
そのために焼かれた瓶が、いくつか持ち込まれた。
この船は長い旅をしなければならない。だから入念に仕上げねばならない。
一削り、一削り、仕上げをする男達。
数年に一度だが、何度か見た光景だ。おじじは何が役に立つかわからないから見ていろという。
サザとミギワは食い入るように見ている。
初めて見るこの子たちには物珍しい光景なのだろう。
ナギは振り返り、別の人間の視線を感じた。
食い入るように船を見ているのはエビスだ。物陰からじっとりとした目でこちらを見ている。
エビスはほかの男たちから完全に無視されている。エビスを相手にするのは女たちだけだ。
エビスはただ船だけを見ていた。異様な視線の気配に振り返りその視線におびえたサザとミギワがナギの傍にすり寄ってきた。
だが、エビスは自分の子である、サザすらも眼中になく、船を見ていた。
ナギはふと思う。おじじはエビスを仲間だという。だけれどエビスは違う。
エビスは船をあきらめていない。
自らの意思で船を降りたおじじやシビとは違う。
たぶんこれは何度も繰り返されていたことだ。
どれほどエビスがあの船に乗りたがったとしても、エビスは乗ることができない。あれに乗るのは。
不意にエビスの視線がナギに向いた。
その眼に宿るのは憎悪。以前から感じていた恨みがましい視線などという生易しいものではなく、掛け値なしの憎悪。
ナギは目を閉じた。
サザとミギワの手を取った。
「行こう」
もう時間だ。自分達には別の仕事がある。
突き刺すような視線を感じる。だがエビスがナギに何かをできるはずがない。そんなことは里の男衆が許さない。
そんなにここが嫌なのか、それとも生まれた場所が恋しいのか、それともただ海に出たいのか、あるいはそのすべてなのか。
空を見上げれば、さっきまで蒼かった空の端がほの暗くなってくる。
水分を含んだ空気を感じる。
どうやら仕事は中止だ。雨が降りそうになっている。
気配を感じたのか、早々と男達も道具を片づけ始めた。その様子を一瞥して胡は踵を返す。
最初の滴がナギの額ではじけた。