船を削る。
それは山の男衆達の仕事場だった。うっそうたる木々の挟間そのうちに幾百年の冬を越えた巨木に彼らは取り付いていた。
巨木が音を立てて切り倒された。
二日がかりで切り倒された巨木は、これから下に降ろされる。
そのために枝を掃う。枝は動かすのに引っ掛かって邪魔になるし、その分の重量を減らすこともできる。
石斧で、枝を打ち込む音が響く。
下草に、ちょっとしたわかぎほどの枝が幾本も落とされる。
その作業だけで一日がつぶれた。
山の男衆は汗をぬぐい、翌日のための作業を始める。
山の男衆は次に縄をかける。その巨木を運ぶために一対だけ残した二つの大枝。それに縄を幾重にも巻きつけた。
船を造る。
その知らせを聞いてナギは浮き浮きと山頂近くまでやってきた。
サザとミギワも、ナギに従っている。
数年に一度だけ作られる船は、普段、すなどりひと達が使っている小型の丸木舟とはわけが違う。
それは外の海に出るために作られるものなのだ。
張り出した枝をそのまま使いそれに、また巨大な丸太をくくりつけ、浮きにする。
今はまだ形を削り出す作業が始まったばかりだ。
おじじもシビも一緒に来ている。
シビは、この里の生まれではないので、何度か山の男衆にいろいろ尋ねられている。
シビは木材に触れながら、いろいろと話し込んでいるようだ。
山の男衆も、貪欲に外の世界のことを知ろうとしているらしい。
シビは、今までも様々な人間に、なにがしかの知識を請われていた。
シビも自分のわかる範囲でならという注釈つきでいろいろと答えていた。
しかし、さすがにこれはシビの仕事の範囲内なので、シビが山の男衆の手元を見る目は真剣そのものだ。
表面を削り出し、船の形に整える。
それと同時に、内側をくりぬいて、乗る場所を作る。
木が乾いてしまうと作業ができない。それまでの時間との戦いだ。
ものすごい速度で木くずが出る。
それを掃き集めているのは、山の男衆の見習いをしている少年達だ。
手際よく慣れた仕草で掃き集めている。
おそらく、あの木くずは乾かして燃料として使うのだろう。程よく細かくなっているのだ。火を起こす際に使えばちょうどいい。
ナギは船を削り出している大人達よりも、同じ年ごろの少年達のしていることの法に気を取られた。
「なぎ、よく見ておけ、これがお前の命を預ける場所だ」
よそ見をしていたナギに、おじじがそう言って、再び船本体に視線を向けさせる。
「この船に乗るの?」
いつか来る旅路、その始まりがこの船だと、おじじは言う。
「この船が、この海に放たれた時、お前も放たれる」
ナギは、まじまじと真新しい削り跡を凝視した。