突きつけられた言葉
おじじをナギは見上げた。そしておじじの皺んだ顔と半ば白くなった頭を見上げた。
「わしはもうじきいなくなる」
おじじはそう言った。
ナギは今まで何人もの仲間がいなくなったのを見てきた。
寒さに凍えていなくなった者、海に沈んでいなくなった者。山に行っていなくなった者。誰も帰ってこなかった。
でもそのいなくなり方は唐突で、その日にいなくなるとは考えもしなかった。
しかし、おじじはもうすぐいなくなると言う。
何故なのか、ナギにはわからない。
「海に沈まずとも、飢えずとも、傷を負わずともいなくなるときは訪れる」
そう言って自分の髪を一房つまむ。
「このように髪の色が薄くなると、いなくなるまでの日々はそう長くない」
「でも、織の里のおばばも」
おばばたちの髪の色は、おじじよりももっと白い。まるでこの雪だ。
「そう、あれらもそう長くはない。だからオルハを仕込んでいるのだ」
ナギは唇をかむ。
「まあ、お前が、わしのいなくなるのを見届けることはたぶんあるまい、もうじきお前の旅立つ時が来る」
ナギの目が瞬く。
そう、いつかは来ると言われていた。生きていればそのうち、ナギは海の彼方に旅立つのだ。
そのままもしかしたら二度とここには戻ってこないかもしれない。
その時をナギは今まで考えたこともなかった。もうここには戻らない。その意味を。
そしてもし戻ってこれることがあったとしても、おじじはおそらくもうここにはいない。
漠然とした未来が急に近くに思われてナギは少し身震いした。
もうすぐだとおじじは言う。
足元から這い上がってくる寒さは、雪のせいではなく、今まで漠然と踏みしめていた大地が崩れそうになっているからだ。
「まあ、後でサザとミギワに引き合わせることにしよう、おそらくあの二人の面倒はあいつが見ることになるから」
そう言っておじじが立ち去った後もナギはその場に立ち尽くしていた。
しばらくぼんやりしていたが、盛大なくしゃみで我に返った。
このままでいたら風邪をひく。うかつに風邪をひくと命取りだ。
ナギはまだ死にたくないと思った。どれほど未来がうそ寒くとも。それでもその日を生きて迎えたいと思ったのだ。
縄文時代ですから、老衰死はかなり珍しい死にかたでしょう。なんせ平均寿命は三十代ですし。まあ、戦国時代に人間五十年なんて言ってますから、数千年かけて伸びた寿命はたった二十年ですか。