雪の日の盗み聞き
雪はしんしんと降り続く。ナギはサザやミギワと身を寄せ合いながらそれを見ていた。
秋の間に用意したかわいた草にくるまって、ぼんやりと、自分たちのねぐらで過ごしていた。
冬の間はさしてすることもない。
時折、海で海藻を拾ってきたり、小魚を取ることもあるが、基本的に、することがない。
秋のあの忙しさがうその様だとも思う。
雪がある程度積もれば、それでも仕事は発生する。雪を固めて道を作る。しかしそれも体の小さなナギではあまり役に立たない。
ほかのスナドリヒトの子供達がさっさとやってしまう。
サザとミギワも小さすぎて、冬の間はさせることがない。だからそれぞれで暖を取り合って、ぼんやりしている。
興が乗れば、雪遊びなどもするのだが、今日はひときわ寒さが厳しく。そんな気にもなれない。
隣で、夕べさんざん騒いでいた旅人達も寝入っているようだ。
彼らは冬が終われば去っていく。後しばらくすれば雪が降らなくなる。そうすれば彼らも帰っていくのだ。海の向こうへと。
だけどその日は違っていた。おじ時と誰かが話し込んでいた。
「もう、旅を終えるつもりです」
降り積もる雪に吸い込まれそうなくらい小さな、か細い声だった。
おじ時の声は聞こえない、それでもそこにたたずんでいるのはわかった。
ナギはただ静かにその声に耳を澄ます。
「春になってもここにいます」
話をしているのは、旅人の一人、彼は、もう旅をしないと言っている。
かつておじじも旅をしていたと言っていた。
そのたびをやめるという。
「そうか、そう思うならそれがいいだろう」
おじ時の声も降る雪にかき消されそうなくらい小さい。
「いずれは決めねばならぬことだ。生きてその日を迎えられた幸運に感謝するべきかもしれん」
ナギは目を瞬かせた。
しかし、おじじはただそう言って、そのまま無言になる。
ナギはただ黙って二人の様子をうかがった。ふと気がつけばサザとミギワも同じように声の聞こえてくる方向に視線を向けている。
「たくさんのものを見た、見すぎるほどに」
声に表情はない。ナギは何となくその声の主も、その顔に表情を浮かべていないのではないかと思った。
「もう終わりです」
その声とともにさくと雪を踏む音が聞こえた。
歩み去っていくその後ろ姿をおじじはしばらく見送っているのだろうか。
ナギは空腹を覚えた。
そろそろ土の女衆のところに行って、食事をもらいたいと思う。
サザとミギワを引き連れて、ナギは寝床から這い出した。
おじじは思った通りその場に立ち尽くしていた。
「聞いていたのか」
ただ一言そう聞く。
「そろそろいい時期だろう。わしもそう長くはあるまいからな」
ナギはその言葉にふと足をとめた。