祭りの終わったその後に2
ナギは山をあがり、本当の中腹へ向かう。
土の女衆はどこにでもいる。そこが山であれば。土の生える植物、土に住む小さい生き物、土そのものすら土の女衆の獲物だ。
文字通り、土に張り付いた女たちだった。
獲物を加工し、食べ物を調達し、またさまざまな器具を作り、この地に住まう人間の生命線とも言える女たちだった。
土鍋をかき回していた女衆が顔を上げた。
木の椀に中身を掬うと無言でナギに渡した。
「明日、貝を採りに行く」
ナギがそういうと女衆は頷いた。
日が当たるとナギの額に刻まれた三本の波線がちりちりとうずいた。
里によって刻まれる文様は違う。
ナギはすなどりびとに招かれた日にその文様を刻まれた。
それはもうナギが土の女衆にはならないことを意味していた。
土の女衆だけが、文様を持っていないのだ。
その日、ナギは船乗りになることを決定付けられた。
木の実をくたくたに煮込んだ椀の中身を啜っていると、笑いさざめく少女たちの声がした。
椀の端を咥えて、ナギは眉をしかめた。
数人の少女が、木々をぬけて現れた。
その少女たちは、ナギとも、土の女衆とも違っていた。
背の半ばまである長い髪。白い長衣をまとい、肌は白く滑らかだ。
その中で、ひときわ背の高い少女が、目ざとくしゃがみこんでいたナギを見つけた。
ああ、嫌な奴が来たとナギはそっぽを向いたまま汁を啜っていた。
「ナギ、今日は何を持ってきたの」
少女は尊大に尋ねた。
その少女は何も持っていない。背後の少女たちが荷物を助け合うように持っている。
「あたしは明日持ってくるんだ」
ふんと鼻で笑うと少女たちをあごで使いながらナギを見据える。
少女たちは木の皮で編んだ篭を下ろした。篭には、布と紐が摘んである。女衆はその篭を受け取ると、あらかじめ用意してあった別の篭を少女たちに渡す。
芋と、様々な木の実の入った篭を少女たちは重そうに下げた。
背の高い少女は何も持たない。何故なら、持つことができないからだ。
人差し指から中指まで長く伸びた爪のため、その手を握り締めることすらできないからだ。
だから、篭をつかむことなどできないのだ。
「明日は、明日で、何か食べるんだろう、今日食う分はただ食いだねえ」
「一度に、二食分くらい取れるときもあるんだ」
「へえ、それはそれは」
「大体お前にそんなことが言えるのか、その布だって、編みあがるのにどれほどかかる、布を持ってこなければ、食い物をもらえないならお前はとっくに飢えて死んでいるだろう」
「ナギ、やめよ」
女氏の一人が二人の間に割って入った。
「オルハが悪いんだ」
自分だけ責めるのかと、ナギが食って掛かる。しかしそれをさえぎって、女衆は言葉を続ける。
「いい加減におし、二人とも、我等はお前たちの働きをそれぞれ認めている。その上で与えるべきものを与えているのだ。二人ともおやめ、お前たちは、子供だ、どの里の子であろうとも、子供は養わねばならぬ、それが、土の女衆の努めぞ」
暗に半人前とほのめかされ、二人は同時に、目を険しくさせた。
「いいからおやめ、二人とも里に帰りなさい」
オルハは悔しげに、背後にいる少女たちを引き連れて背を翻した。
ナギは急いで、手の中の椀を空にして、あわててそれを返し、自分の場所へと帰ることにした。
ナギが帰る途中、ナギの後から起きてきた仲間とすれ違った。
彼らは一様に、ナギから目を逸らす。
ナギはすなどりびとではないから、ナギは船乗りだから。
誰もが、ナギによそよそしい。マツリが終わって去っていった人たちが、たった昨日の事なのに、もう恋しいと思う。
じりじりと陽が照り始めた中、ナギは茫然と立ち尽くす。