久しぶりの沖で
ナギは久しぶりに船に乗った。
波が少々高くなってきている。ナギの少女にしては短い肩までの髪も、風になぶられる。
少し、沖に出て、ナギはするりと水に入った。
水は澄んでいるが、やはり視界にくらげが目に入る。
岸近くよりはくらげの密度が薄いが、いないわけではない。
手に持った銛で、魚を追う。沖で、素潜りで魚を追うのは、まだサザとミギワには早いため、今は留守番だ。
ナギが一匹捕まえて、船に上がると、交代で、スナドリヒトの少年が海に滑り込んだ。
濡れた身体で風に当たると、ぞくぞくと寒気が押し寄せてくる。
自分の身体をしばらく抱きしめて身震いしていたが、銛に刺さった魚を篭に入れ、今もぐっている少年の様子を伺う。
日に焼けた、褐色の少年は、水中にいてもその姿を容易に視認できた。
ナギは自分の着ている着物を脱ぎ、絞って身体を拭いた。再び、着物を絞って身につけると、さっきより寒気は引いた。
ナギが、着物の帯を結んでいると、先ほどの少年が、海面から頭を出している。
「獲れたか?」
細い銛に、先ほどナギがしとめたより小ぶりな魚がぴちぴちと躍っていた。
少年はむっつりとした顔で、魚を銛から引き抜くと、船の篭に入れた。
「どうかしたか?」
ナギが怪訝そうに尋ねる。
「なんでもない」
少年はぶっきらぼうに言うと、そのまま再び水中に没した。
「どうしたんだろう」
急に様子の変わった少年に、ナギは困惑した。再び、少年が、今度は、海底のサザエを幾つか拾ってきたので、それも篭に入れると、二人は岸を目指した。
岸に辿り着くと、すでに両を終えた仲間達が、焚き火に当たっていた。
ナギは、船から篭を降ろすと、傍にいた大人にそれを渡す。
小脇に抱える程度の篭いっぱいに魚や貝が入っている。それを確認すると手で焚き火に行けと指示され、ナギはそのまま従った。
焚き火の周りに集まったものは全員無言だ。やはり、海の水の冷たさに、冬が近づいているのを実感したからだろうか。
ナギは不意に空腹を覚えた。
獲った魚を焙り食いしたいと思ったが、魚はこれからまた冬の備えとして海水につけてから干し上げられる。
あの魚を食べられるのはまだまだ先だ。
ナギは空腹に耐えながら、着ている物が乾せるのを待った。荒く絞っただけなので、未だに湿っている。このまま乾かさないで着続けていれば風邪を引くかもしれない。
ナギはまだ風邪を引いたことはないが、風邪を引いて死んでしまった仲間を何人か知っていた。
寒いと歯の根も会わないほど震え、それでいて、身体は熱く熱を持ち、滝のような汗をかいて、そのまま翌日には冷たくなっていた。
ナギは小さく頭を振った。
海を相手にするとき、様々な危険と付き合わざるを得ない。
ナギが髪を伸ばせないのもその一つだ。
髪が長いと泳ぐとき負荷がかかる。海底の岩や、流木に絡み付いて溺れるかもしれない。それに乾くのが遅くなればそれだけ風邪の危険性も高くなる。
着ている物が乾いたとき、衣類から白い粉が吹いている。
海水が乾いて、薄く塩が浮いていた。