織の里の風景
秋の物語は、主人公が余り出てきません。
オルハは、糸かせを手にしていた。足元に広がる山々はいつの間にか色付き始め、赤や黄色が最近まで緑一食だった風景を侵食し始めていた。
オルハは目を細めてその光景を見ていた。もはや風は冷たさを帯びている。
いつ季節が変わったのだろう。オルハは季節の始まりを実感したことがここ数年ない。
網代の前に坐ってただ作業する。外の風景を背後にただ糸の筋道だけを追っていた。
だからきっちり季節が変わったときにそれを実感するのが常だ。
オルハは陰鬱な溜息をつく。そしてオルハの進む方向にいるのは二人の老婆。
自分は、ただあそこに坐り続けて、ああなるまでずっと変わらない。
それが諦念になるにはまだオルハは若すぎた。
のろのろと足を進め、いつもの作業台に坐る。秋が来ようと冬が来ようと変わらない、オルハの昼。
オルハは小さく息をつき、再び糸を捌き始めた。
オルハは糸を捌く自分の手を見た。白くかさついて、そして目立つのは、すでに指一本分の長さの爪だ。
糸をすくい絡ませる。ただそのために伸ばし続けている爪、それ以外の、何の役に立たない、ただ不便なだけの爪だ。
オルハは覚えていた。かつて、自分がこの里に掬い取られた日のことを。
選ばれて、その背中に、いくつもの連なりを見せる十字の文身を受けた日のことを。
同じ日、ナギもまた額に三本船の文身を刻まれていたその姿を痛みをこらえながら見ていた。
代わり映えのしない毎日の中で、何度も何度も繰り返し、思い出し続けていたので、オルハにとって、その記憶は鮮やかだった。
ナギは奇麗に忘れ去っていたが、その日までは、ナギとオルハはよく一緒にいた。かすかな記憶だが、親しい間柄だったと思う。
しかし、時がたつにつれ、ナギと自分は大きく道が分かれてしまったのだと気付いたとき、ナギに感じたのは憎悪だった。
ナギの道は自分と違って大きく開けているように思えた。ナギは自分と違って遠くまでいける。それが何よりも妬ましい。
どろどろした気持ちを押し殺して、オルハは布を編み上げていく。
織の里の女衆も、仕事は細部に分かれ、土の女衆と重なる仕事もある。
きめの細かい土は糸や布を染めるために使われる。
ほかに草木の煎じ汁もあるが、土で染めるのが圧倒的に色の持ちがいい。
織の里の女衆も、別に土の女衆と仲が悪いわけではない。それぞれの仕事をしているだけだ。
糸にする木の皮などを刈る仕事もその一つだ。
細長い石刀を手に、繁茂する葛を刈っていた。
葛は刈った後秋の間に適度に腐らせて、真冬になったら冷たい川の水で晒し、余計なものを取り除く。そうすることで上等な糸になる。
葛のつるを刈り取った後、土の女衆と交代する。
土の女衆は葛の根を掘り返す。葛は捨てるところがない。蔓は糸になるし、根は食べられるのだ。
刈り取った葛の束を背負って里に戻ると、真昼の日の中新しく入った子供達が、組紐を作る練習をしている。
それで糸を捌く手際を見極められるのだ。女は目を細める。自分は不器用で、結局糸を捌く仕事ではなく。土の女衆のやるような仕事をしている。
何のためにここにきたのかと、回りを恨んだこともあったが。誰かがしなければならない仕事だと、今では納得している。
同じように、木の皮を煮立てて色水を作っている仲間と笑いあった。
東西南北物語が続いたので、今度はナギが続きであげます。