土の祭り
ナギは背後を振り返る。山が色づき始めていた。
自分の足元には、新しく船乗りになった幼児二人が、岩場で貝を探している。
まだ深く素潜りすることは難しいので、せいぜい膝までの水場で作業を教える。
同じようにスナドリヒト仲間も、幼児相手に膝下の位置で海藻をとるなどの作業を教えている。
沖を見れば丸太舟に乗って銛を打っているスナドリヒトが見えた。
「ああ、あたしもあっちがよかったな」
ナギは少々ふてくされる。
スナドリヒトは人数がいるので、新しく入った幼児の面倒は交替で見ればいい。しかし船乗りはナギとおじじしかいないため、どうしてもナギが付きっ切りで面倒を見なくてはならない。
無論、新しい船乗り仲間ができたのは嬉しいが、面倒なことになったとも思っていた。
今まではナギが一番年少だった。何故ならここ数年船乗りは新しく選ばれなかったから。
しかし、ナギ一人になってさすがに危機感を覚えたのか、おじじは新しく二人の幼児を新たに選んだ。
船乗りがなかなか選ばれない理由は一つだ。船乗りは旅立ってしまうから。
今までいたナギ以外の船乗りも、死んだものを除けば旅立ってしまった。
ここで役に立たないものは極力選びたくないのが人情だろう。しかし、それでも船乗りは必要なものだ。
空は青く。山は黄色くなり始め風は冷たい。
夏はもう終わったのだと、しみじみナギは思った。
これから獲れる魚も替わってくる。ナギは思わず唾を飲み込んだ。冬は寒い、しかし、その代償として課、冬に獲れる魚はおそろしく脂が乗っているのだ。
秋は土の女衆が一年で一番忙しい季節だ。その分殺気だっている。だからいい魚が獲れますように。
そんなことを思いながらナギは沖合いの丸太舟を眺めていた。
ナギは篭いっぱいの貝を取ると、岩場に作られた干し場に向かう。
子供達も付いてくる。
エビスの子供のほうは、サザ、もう一人はミギワという。
巻貝の殻から中身を抜き取り、それを干し場に干す。
スナドリヒトの見習いが、鳥の番をしていたが、ナギと子供達が交代する。
水は冷たくなってきている。余り長い時間水に浸かっていられない。
ナギは、木の棒を片手に、見張りを始めた。
土の女衆の一人は、去年一年丹精したそれを踏みしめた。
ぐにゅりと粘った音を立てる。
やや明るいねっとりとしたそれは土だった。毎年決まった場所から取ってきて、その場所で寝かせ、より使いよくするためだ。
次々と女衆は土の上に降りた。
何度も何度も踏みしめ、土を足で捏ね上げる。
秋には、一年分のそれを作らねばならない。ほかの季節では無理だ。秋だけしか作ることはできない。
一心不乱にその粘土を踏みしめて、捏ね上げる。
冬の食料を集めるのと同じくらい大切な仕事。
土の女衆の祭りが始まる。