儀式の終わり
一通り証しが刻まれると、子供のすすり泣く声は大分静まった。
残った女の子達が、再び母親の胸に戻される。
ナギは物陰から儀式を見ているのを止め、篝火の近くに来ていた。
その時気付いた。最初に文身を刻んだ子供の髪が赤い、この子はエビスの子だ。
おそらく、傷口に、炭を刷り込んだあとが痛むのだろう。ナギの腕の中で身体を硬くして無言で篝火を睨んでいた。
ナギと同じように、小さい子供を抱えているスナドリヒトの見習いがいた。
そしてその脇で大人たちはなにやら話しこんでいた。
そろそろ儀式も終盤になる。織のおばば達が、儀式の終了を伝えればそれで終わりだ。
日の暮れたこんな時間まで最近は起きていることがなかったので、空腹と眠気にナギは襲われた。
それでもナギは掌に爪を立てて眠気をこらえていた。
同じようにスナドリヒトの子供も、小さな子供を抱えて、篝火を見ていた。
スナドリヒトだけでなく、別の文身を刻まれた少年達が、同じように子供を抱えている。
夏とはいえ、もうそろそろ空気が冷たくなってきていた。
そろそろ秋に季節が変わる。海ではクラゲが湧き始めていた。
クラゲは、うかつに近づくと痛い思いをする。
ナギも何度も手や足に酷い刺し傷を負った。
クラゲの出る時期が終わればぐっと海は冷たくなる。
水に手を突っ込むとジクジクと針で刺した様に痛む。これからまた辛い季節がやってくる。
手の中の子供を見下ろす。
この子はどれくらいで泣き止むだろうか。明日から毎日泣き暮らす羽目になる。
ナギも最初は泣いた、そしてゆっくりと諦めた。
おばばの唱える祝詞が、眠気を増大させる。寝ちゃだめ、寝ちゃだめ、そう言い聞かせる。篝火の向こう側にいる少年は頭を小刻みに揺らしている。どうやら睡魔に負けて眠ってしまったようだ。
ゴンと小気味いい音がして、眠ってしまった少年の傍らに立っている男が再び拳を振り上げた。
思わずナギも肩をすくめた。そして危ないところだったと胸をなでおろす。
とにかく今は寝ちゃいけない。
おそらく寝床に入ったらそのまま寝こけてしまうだろうが。
ナギにとっては無限の時間のあと、ようやくおじじが戻ってきた。
「これで終わりだ」
その言葉に安堵する。そして、二人の子供の手を引いておじじの後を歩き始めた。
スナドリヒトの里は割合低い場所にあるので、暗い中そろそろと下っていく。
不意にナギの前を横切る者がいた。
おじじがナギと子供達をかばうように前に出る。しかし、そこにいたのはエビスだった。
エビスは食い入るように、おじじとナギ、そしてナギに手を引かれる子供を凝視する。
そして雄叫びを上げた。
ナギははじかれたようにあとずさった。しかしエビスはそんなナギを見ていない、ひたすら、ナギの手を繋いだ、エビスの子供を見ていた。
月明かりに、ナギはエビスが涙を流しているのが見えた。エビスが何故泣いたのか、ナギは知らない。