2.消えた花嫁 後編
『……皆様に結婚式の中止をお知らせいたします』
言葉もなく茫然と見守る参列者達に顔を向けて、ザリーナはそう言い放った。そしてさらに言葉を続けた。
『いえ、正確には私、ザリーナはルスラン・ザネイとの結婚自体を取りやめることに決めました。こんな一生一度の大事な場面で、他の女を優先するような男と一緒になることはできません!祝福のために参列してくださった皆様には、誠に申し訳ございません。皆々様が今日のこの最悪で不幸な結婚式を忘れて、細やかな幸せに満ちた日常を過ごされますことを心からお祈りいたしております。では失礼いたします』
その言葉を最後に転移魔法を発動させ、現れた魔法陣と共に煙のように姿を消したのだ。
親代わりのファティマやべルスランにさえも一言もなかったようで、二人が心配そうにしている姿を見て、ルスランは罪悪感を強くした。
「私の不徳の致すところ……。大変申し訳ございません」
ルスランが深々と頭を下げると、ファティマは愚痴るように言った。
「まあ、確かに、誓いの言葉が終わってからザリーナと二人で転移魔法で行けば、時間的にはそちらの方が早かったでしょうしね……」
「そうだな。ルスラン、騎士団長で責任感が強いのも分かるが、結婚式の一番大事な場面であれはないわな」
追い打ちをかけるようにべルスランにも言われ、ルスランは自己嫌悪で穴に埋められたいと強く願った。
「あの子も言い出したら聞かないから……。でも大丈夫よ。ほとぼりが冷めたら私達に会いに来るだろうし、その時、誠心誠意謝れば許してくれるかもしれないわ!」
今にも死にそうな顔色で落ち込んでいるルスランを、慌ててファティマが慰めたが、ザリーナの性格を知る面々は心の中でこう思った。
――ザリーナの許しを得るより、また地竜討伐する方が簡単だよな。
息子のあまりの落ち込み様を見て、カミルが代わりに王室に抗議文書を送った。騎士団長名の所には無理やりルスランにサインさせたが、ザリーナを失って、明らかに意欲を無くしたルスランは寝室からほとんど出なくなり、出仕もできないほどだった。
「うちの末娘が申し訳ないことをした」
あまりに深刻な事態に、とうとう国王本人がザネイ家とファティマに謝罪を行った。カミルはその謝罪に不機嫌そうに首を振った。
「全くですよ。いくら王女殿下とは言え、許されることではございません。それもこれも陛下が甘やかすからですよ!」
「いや、悪かったって。ディナラは他国に輿入れさせることに決めた。王国の守り刀を再起不能に陥れ、偉大な魔法使いを逃す羽目になったのだからな。王家としても見過ごすことはできん」
「当然ですね。輿入れ前に王国の成り立ちについて再度よく教育しておいていただきたい!王族だからと言って、五大家を好きなようにできるものではないということを特に重点的に!」
カミルの怒りに満ちた物言いに、国王もたじろいでしまい、「うむ」と頷き返すことしかできなかった。
王家カーバルドに加えて、ザネイ家、ベスレネイ家、マンヘグ家、ハツクアイ家を「五大家」と言い、アディーグ王国を構成している。王国には他にも多くの一族があるが、この五大家は特に主要な家系で王国法の制定や政治において各家が力を持ち、協力することで成り立っている。
軍事を担うザネイ家と、政治を担うベスレネイ家、王国の穀物を管理するマンヘグ家、物流を担うハクツアイ家など、それぞれが独自の強みを持ち、バランスを取っているのだ。カーバルド家はアディーグ王国の中で最もその姓を持つ者が多い巨大な一族であり、現在王家として中心にいるが、王国法では五大家の合議によって政が行われることとなっている。
魔塔や神殿のように五大家とは一線を画した勢力もあるが、同じアディーグ人として調和を保って、長年平和に国を築いていくことができたのも、この王国法ゆえと王国民なら理解しているはずだが、一番分かっているべきであるはずの、王女が一番分かっていなかったのは偏に末娘として、国王含めて周囲から甘やかされて来たせいである。
「まあまあ、カミル様、どうかお気を沈めて。うちの黄金が出奔したことはあの子自身の判断です。魔塔に帰りもせずに、まさか王国内からも姿を消すなんて……」
「ファティマ、彼女は本当に王国から去ったのか?どこかで、ゆっくり気分転換の旅行でもしてるのでは?」
「陛下、申し訳ございません。あの子は王国から去ってしまったようです。国境の結界を抜けた痕跡がありました。ご丁寧にまた綺麗に構築されていましたけど。まあ、その内戻ってくるとは思いますがね」
見た目は肉屋の女主人のような朗らかな姿だが、ファティマはこう見えて魔塔のトップランクの魔法使いだった。ファティマはザリーナの師匠でもあり、ザリーナの一番の理解者でもあった。
そのファティマがこう言うなら、ザリーナの行方を辿るのは絶望的だろう。それでも国王は何かヒントはないかと尋ねた。
「ザリーナが行きたがっていた所とか、行く予定があった所とか、心当たりも全くないのかね」
「そうですね……」
ファティマは考え込む様に首を傾げた。国王とカミルが息を呑んで見守る中、ついに「あっ!」と声を上げた。
「ザリーナは地竜討伐が終わったら、錬金術の素材を集めたいと言ってましたわ!」
「錬金術?」
「ええ、まあ、金の原料じゃなくて薬の原料なんですけど」
「薬とは?」
「いくつか作りたいものがあるらしくて、材料を取りに行かないとって言ってましたね」
国王とカミルは顔を見合わせた。それならザリーナが王国から出た理由にも納得ができた。
「で、その材料とは?一体どこにあるんだね?」
「えっと、確か、バロメッツと、チャーガと、木天蓼と烏羽玉と、あとスナジグミ!」
「なんだそれは?一つも聞いたことがないぞ」
「陛下、スナジグミとチャーガは我が国でも採れる、一般に良く知られているものですぞ。しかしその他の物は?聞いたこともないな……」
首を傾げる国王とカミルにファティマは胸を張って答えた。
「当然ご存じないでしょうね!木天蓼と烏羽玉はそれぞれ他国でしか採れませんし、バロメッツに至っては伝説の植物ですから、どこにあるか誰もわかりませんもの」
「何だって?じゃあ、ザリーナがどこに行ったか……」
「当然、誰にも分かりませんねえ」
「何てことだ!」
息子を想ってザリーナの行方を探すつもりだったカミルは絶望を感じた。




