第一章 ヘブン
「それで、ヘブンって?」
さっきの男共が呆然としているスキに、とっとといつものベンチに戻ると、林童を前に問いかけた。
言いにくそうに、もじもじとしながら、林童は言う。
「噂で聞いたんです。行き場の無い人たちが集まる楽園の噂ですよ」
聞いた事があるような気がする。どうしようもない連中の溜まり場の噂だ。
もっとも、ただの噂として、まったく気にしても居なかったが……。
そうか、ヘブンを探すってのも一理あるな。
「特に気にも止めなかったが、ヘブンか……、確かに面白そうだな」
それを聞いた瞬間に、林童の表情がぱぁーと明るくなる。
「でも、ヘブンの情報はこれっぽっちも入って来ないし、もう諦めかなぁって……」
「……、そうか、頑張って調べたお前が言うんだから、確かなんだろうな」
「もう遅いし、浅川には悪いが、今日も泊めてもらおう」
林童は、コクッと頷くと、後をついて来る。
ヘブンか……。本当に見つけれたら面白いだろうな。
ドスッ
何かがぶつかった。
それは、軽くぶつかった衝撃で倒れた。
「すみません!」
「………。」
目の前には無言の少女が座り込んでいる。彼女はまったく反応を示してはくれないが、こちらの存在に気づいてないとか、そう言うのとは違うようだ。
「……? ……なに?」
なに? じゃないだろう、ぶつかったから謝る、それすなわち自然の節理。
「いや、悪かった、前をしっかり見てなかった」
「……。怪我は。ない」
「そうか、でも悪かった。その制服だとこいつとおんなじ学校か」
「……、そう?」
いや聞かれても…、まいっか。
ここにいても仕方がない。
俺は、もう一度贖罪の意を込めて、片手を上げるとその場を後にした。
彼女の名札には、青川柚と書いてあった。
「何だったんだ…、知ってるやつか?」
「知らないよ。多分、年下だねぇ」
まぁ、気にしても仕方がないか。
ヘブン……、か。
「どれくらい調べたんだ?」
「ヘブンの事?」
「それ以外になんかあるか?」
「…、無いねぇ。……、調べ始めたのが、先月の頭からだから、丸々一月以上は調べて回ってるよ」
「収穫は?」
「ゼロ、誰も知らなかった」
一月で……。聞いた人数は三桁を軽く超えるだろう。
本当にあるのだろうか…。
急に胡散臭さが増した。
「本当にあるのかねぇ」
あるのかどうか怪しいヘブン。それをこいつは、大真面目に探している。
こいつには、目標があるんだな。
気付くと、俺は林童の頭を撫でていた。
「この手は何?」
「気にするな…、おまじないだ」
もし、本当にヘブンなんてもんが実際にあったなら、俺でも見つけられるのだろうか、夢ってやつを。
その後、帰宅するまでの時間を費って聞き込んで見たが、まったく収穫はなかった。
そして、今日も浅川の家で夜を明した。