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過醜い子

作者: 猫崎
掲載日:2026/05/31

かしこい子 猫崎


 私ね、昔から人の言うことをよく聞くいい子ではなかったけれど、顔だけはいい子だったの。

そんな私にも青空に沈んでほしい時がある。満開の花に朽ちてほしい時がある。笑顔をやめたい時がある。まだ水たまりの中にいたい時だった。


「ねえ、また違う男?俺はいつになったらかまってもらえるの。」

「貴方は、ショートケーキのイチゴなの。おいしいものは最後まで残しておくでしょ。」

「俺は一番最初に食べる。」

「知ってる。」

「そいつ俺より優しいの?」

「貴方より優しい男を探していたら貴方のことを好きになってしまうわ。」

そんなことを言いながら彼の部屋を片付ける。散らかった部屋があまりに愛おしくて、片付けようとする手が止まってしまう。

 最近は、退屈していて、ピアスより空いているなんて予定を彼で埋めていた。

 部屋を片付けている途中に指を切ってしまった。彼はすぐに絆創膏を張って自分の名前を書いた。「自分のものには名前を書いとけって習った。」そう言ってくしゃくしゃに笑う彼にずるいと思った。

「貴方は、恋人作らないの?」

聞きたくないことを自分で聞いてしまった。

「私みたいなお荷物持っていてもいいことないでしょ?」

「俺はさ、手ぶらで歩くなんて怖くてできないんだ。」

またずるい。

「よし、お風呂入ってくる」

「おいてかないでー」

「いくよ、布団から出てー」

「布団が出てー」

「そうだ、布団が出ろー!ほら、お風呂行くよー」

「お風呂がきてー」

「お風呂待ってきたよー」

「お風呂待ってきたねー」

「お風呂入ってー」

「お風呂が入ってー」

「お風呂は入ったよー」

「お風呂入った!」

「いくよー」

「はーい」


 トマトジュースをこぼしたみたいな夕日に起こされた。どうしてこんなに西日の強い部屋で暮らしているのだろうか。朝起きないくせに。彼の悲しげな瞳にかわいらしくはずむくちびる。少し赤らみこけた頬。そんな彼を見て感傷的になる自分をいやらしく思う。

 彼の好きな丸まったエビフライを作ろう。前に切り込みを入れるのを忘れて、そのまま出したら、やけにかわいいと言われ、それから切り込みを入れるのをやめた。私は単純だ。彼との食事。私の大切な幸せの一つ。幸せだけを数えて息をしていたら、一人でいる時に息苦しさを感じるようになった。

 

 彼との出会いは、桜並木のさわやかさから逃げて、扉を閉めたら海に向かう彼を見つけた日。思わず彼の手を引いていた。春のまだ冷たい海を二人で見た。彼の幸うすげな笑顔で私の世界は滅亡した。

 それから一緒に飲みに行くことが増えた。いろんな季節をいっしょに過ごした。お祭りもイルミネーションも幸せに照らしてくれるのは私たちではなかったが、彼との時間は暖かいものだった。

 彼といてわかったことがある。誰にでも愛想のいい彼にも悩みがたくさんあること。それを話しても贅沢だと言われてきたこと。誰も考えたことのない、誰も見えていないような死角で彼の視界は埋め尽くされていた。そんな中努力している彼が贅沢を言うことすら許されないのは悔しかった。

 彼にはすぐに折れて謝る癖がある。悪いことをしていないのに謝ったら本当に悪いことになってしまうと怒ったことがある。そんな時でさえ、ひとこと謝って、くしゃくしゃに笑うのであった。謝って逃げてばかりではいけないと思っていたが、弱くても生きられるならそれでいいと思った。私が強い味方でいようとも思った。


 彼は美大志望の浪人生らしい。こんなこと言ってしまったら嫌われてしまうかもしれないが、感動してしまうほどの彼の絵を見て、もし下手だったら安心できたのにと考えてしまった。遠くへ行ってしまうとわかってしまったから。

 「ねえ、私の絵もかいてよ。」

 「いいよ、そこ座って。」

 そう言って彼は、キッチンの前にある脚立を指さした。私がつまみ食いするときの椅子だ。彼は何度もか描いて消してを繰り返し、スケッチブックをくしゃくしゃにまるめた。それが床に落ちていく。私の周りに白いバラが咲いていくようだった。それでも彼が私色に染まることはなかった。

「また今度でいいかな。」

「うん。ご飯買いに行こ。」

 彼の車に乗った。自分の家よりよほど落ち着く君との空間。

たくさん買い物をして車に戻った。帰りはいつも後部座席に座る。買い物袋に助手席を奪われるからだ。買い物袋を助手席にのせて、それにシートベルトをする君が愛おしかった。ううん、うらやましかった。


 窓際の段ボールは君が一息つくための腰掛。隣で彼の横顔を見るのが好きだった。

「1本吸う?」

「やった。」

たまにもらえるこの瞬間が好き。今日は運がいいみたいだ。うまく吸えずにむせているたら笑われた。

「ばーか、かわいいね。」

「うるさいなあ。」

 君がかわいいっていうからあんまり良さとかわからないけど、君と同じ色の臓器を作るの。心なんて臓器ないのは分かっているんだけどね。なんでだろう、星もない私たちの世界で光っているのが君のたばこだけでも悪くないと思ってしまったんだ。彼がいればどんな人生でもいいと思ってしまったんだ。

貴方も私もろくなものじゃないんだもの。


ご拝読ありがとうございます。感想お待ちしております。

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