エピソード6 休日
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと、
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
始発で家に帰る電車の中でも、
ずっと考えていた。
安心。
価値。
人は、何にお金を払うのか。
顔か。
会話か。
優しさか。
それとも、ただ一緒にいる時間か。
考えても、考えても、
答えにはたどり着かない。
眠いはずなのに、
目は冴えていた。
窓に映る自分の顔が、
少し疲れて見える。
今日は、
休みだった。
カレンダー上は。
でも、
新人にとって、
休みは休みじゃない。
昼過ぎに目が覚めると、
スマホを手に取る。
お店用のSNS。
先輩が教えてくれた、
マッチングアプリ。
プロフィールを見て、
文章を考えて、送る。
返ってこない。
既読もつかない。
それでも、
また送る。
――誰かと、
つながらなきゃいけない。
理由は、もう、
よく分からない。
「安心」を売る。
そう言われた。
でも、
どうやって?
顔も知らない相手に。
会ったこともない相手に。
頭の中では、
昨夜の会話が
何度も再生される。
担当一筋。
安心。
忘れられない人。
答えは、
そこにある気がするのに、
手が届かない。
画面をスクロールして、
また一通、送る。
返事が来なくても、
送る。
止まったら、
何も進まない気がした。
ベッドに横になっても、
頭は休まらない。
身体は横になっているのに、
思考だけが、ずっと立ちっぱなしだった。
――これが、
新人の休日。
何もしていないようで、
何も終わらない一日。
安心も、
価値も、
まだ、自分の言葉にならない。
それでも、
明日になれば、
また十八時。
掃除して、
立って、声を出す。
考えながら、
やるしかない。
そうやって、
少しずつ、
答えに近づくしかない。
そんな中、
一人だけ、
やり取りが続く女性がいた。
アパレルで働いているという女性。
文章が、
少しだけ丁寧で、
返事が、ちゃんと返ってくる。
それだけで、
少し救われた気がした。
「今日、休みなんです」
その一言に、胸が反応する。
俺も、今日は休みだ。
正確には、休みのはずの日。
いきなりだとは思った。
でも、考えているだけじゃ、
何も変わらない。
「もしよかったら、
ご飯でも行かない?」
送信したあと、
スマホを伏せた。
早すぎたかもしれない。
警戒されるかもしれない。
――やっぱり、
焦りすぎたか。
数秒。
数十秒。
その時間が、
やけに長く感じる。
スマホが、震えた。
「いいですよ。少しなら」
短い返事だった。
でも、前に進んだ。
約束を決める。
新宿、一八時。
画面を閉じたあと、
深く息を吐いた。
これが、仕事なのか。
それとも、ただのご飯なのか。
でも、
考えているだけの休日よりはマシだ。
新人の俺にできることは、
一つしかない。
会って、話して、
知ること。
それだけだ。
今日も新宿についた。
駅から少し離れた、
騒がしすぎない居酒屋に入る。
半個室。
ビールと、
適当に頼んだ料理。
しばらくは、
どうでもいい話をした。
仕事のこと。
服のこと。
今日が休みだということ。
空気は、
悪くなかった。
料理が一通り出揃ったころ、
彼女が、
ふと、言った。
「ねえ」
箸を止めて、
こっちを見る。
「私、担当いるんだよね」
一瞬、時間が止まった。
「月に一回しか行かないけど。
今日が、その日なの」
頭が、追いつかない。
「……あなた、ホスト?」
まさかの話だった。
「え、なんでわかったの?」
彼女は、
少しだけ笑った。
「わかるよ。新人じゃない?」
胸の奥が、ざわつく。
「そうなんだ。
まだ、一週間とかだけど」
言ってから、少し後悔した。
彼女は、意外そうな顔をした。
「あら。思ったより短いのね」
一拍置いて、続ける。
「ごめんね。
今の担当以外の店に行くこともないし、
担当切れても、もうどこにも行かない」
淡々とした口調だった。
「ホスト、嫌い。
担当も、嫌い」
言葉だけを拾うと、
矛盾している。
「……じゃあ、
なんで行くの?」
思わず、
そう聞いていた。
彼女は、少し考えてから言った。
「わからない」
箸で、皿の端をつつきながら。
「毎月、給料日になると、
二十万、担当に使わないといけないの」
二十万。
数字が、
重く落ちる。
「お店にも、一時間しかいかないし」
一時間。
「なんの見返りも、ない」
それを言い切る声は、
怒ってもいなかった。
悲しんでも、いなかった。
ただ、事実を並べているだけだった。
安心。
価値。
お金を払う理由。
頭の中で、
ずっと考えていた言葉が、
全部、形を失う。
彼女は、俺を見て言った。
「これって、洗脳らしいの」
冗談めいた笑いは、なかった。
「頭では、わかってるの。
でも、行かなきゃいけないの」
言葉を選ぶみたいに、
少しだけ間を置く。
「もう、一年半、続けてる」
一年半。
長さが、急に現実になる。
「やめようって、何回も思ったよ」
そう言って、
グラスの水を一口飲む。
「でもさ、
給料日になると、体が先に動くんだよね」
体が。
意思じゃない。
感情でもない。
「予約入れて、時間決めて、二十万用意して」
淡々と、手順を並べる。
「それやらないと、落ち着かなくなる」
その言葉が、胸の奥に、重く残った。
安心じゃない。
楽しさでもない。
――習慣だ。
「担当が好きかって言われたら、
別に、好きじゃない」
少しだけ、
困った顔をする。
「嫌いでもないけど。
ただ、“そこに行く私”が
もう、できあがっちゃってる感じ」
居酒屋の騒音が、
遠くなる。
俺は、
何も言えなかった。
安心を売る。
価値を作る。
そう簡単な話じゃ、
なかった。
彼女は、
俺に聞いた。
「ねえ」
少しだけ、
声を落とす。
「あなたは、
どういうホストになりたいの?」
答えは、
用意していなかった。
正直に言えば、
まだ、
なりたい像なんてない。
ただ、生きるために、ここにいる。
そう言いかけて、飲み込んだ。
代わりに、頭に浮かんだのは、
彼女の言葉だった。
洗脳。
一年半。
二十万。
一時間。
売っているのは、
夢でも、恋でもない。
逃げ場だ。
それが、
良いことなのか、
悪いことなのか。
まだ、
わからない。
でも、
一つだけ、
はっきりした。
俺は、
何も知らないまま、
この街に来た。
そして、
知らないままじゃ、
もう、
いられない。
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