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歌舞伎町が僕を食べる。  作者: 夜坂ネオン


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エピソード65 QR

歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。


そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと


そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。


「まず、なんで喧嘩になっちゃったの?」


俺がそう聞くと、

るなはストローの先を指でいじりながら、

少しだけ視線を落とした。


さっき喫煙所で「姫にしてください」と言った時の勢いは、

もうほとんど残っていない。


「私が悪いんですけど……」


「うん」


「ライブ終わったあと、友達が担当呼ぶって言ってて」


「うん」


「それで、また?って言っちゃって」


その「また」に、少しだけ棘があったんだろうと思った。


「友達、けっこう呼ぶの?」


「呼びます。なんか、担当がいるの普通、みたいな感じで」


「そっか」


「で、私がちょっと嫌な言い方しちゃって。

そしたら向こうも、担当もいないくせにわかったようなこと言わないでって」


るなはそこで口を閉じた。


言われた言葉そのものより、

その時の空気を思い出している顔だった。


腹が立ったとか、悲しかったとか、

そういうわかりやすい顔じゃない。


あとからじわじわ効いてくる類いの沈黙だった。


「それで喧嘩になったんだ」


「はい。で、私は置いていかれて」


「きついな」


「ちょっとだけ」


ちょっとだけ、

という言い方が逆に本当っぽかった。


本当にどうでもよかったら、

そんなふうには言わない。


平気な顔のまま、

ちゃんと少し傷ついている時の声だった。


少し間があいてから、るなが顔を上げた。


「担当って、なにしてくれるんですか?」


さっき喫煙所で俺を見た時と同じ、

まっすぐな目だった。


俺はすぐには答えず、

少しだけ考えてからミルクティーのグラスに触れた。


氷が触れ合う音が、小さく鳴る。


「そうだなあ。まずは、るなが友達と仲直りできるようにすることかな」


るなは、ぽかんとした顔でこっちを見た。


たぶん、もっとホストっぽい答えを想像していたんだと思う。


寂しい時に会えるとか、

特別にしてくれるとか、

夜の街らしいわかりやすい言葉を。


「そんなことするんですか?」


「少なくとも、今日のるなにはそっちのほうが大事そうだから」


「なんか、思ってたのと違う」


「がっかりした?」


「ちょっとだけ」


そこでやっと、るなが少しだけ笑った。


「あと、今日みたいな夜に、一人にしないことかな」


そう言うと、るなはさっきよりも素直な顔でこっちを見た。


「そっちを期待してた」


その言い方は軽いのに、

どこか本音だった。


担当が欲しかったんじゃなくて、

たぶん今夜、

自分だけ置いていかれたみたいな気持ちに、

誰か名前をつけてほしかったんだと思う。


友達には担当がいて、

自分にはいない。


その差は、本人が思っているより少しだけ痛い。


だから「姫にしてください」なんて、

勢いみたいな言葉でしか言えなかったんだろう。


「でも、やっぱり俺は仲直りすることを考えたい。

今日はいいとしても、明日には連絡したほうがいいと思う」


「なんて言えばいいですか?」


俺は少しだけ考えてから言った。


「昨日はごめん、

私は担当もいないから気持ちわかったようなこと言えないのに、

冷たい言い方しちゃった。

置いていかれたみたいで、ちょっと寂しくなってた。

また落ち着いたら話聞かせて。……くらいでいいんじゃない?」


るなは、その文を頭の中でなぞるみたいに少し黙った。


「……それ、送っても重くないですか?」


「ギリ重くない」


「ギリなんだ」


「でも、そのくらいの本音はあったんでしょ?」


「ありました」


「なら大丈夫だよ」


るなは小さくうなずいて、スマホを開いた。


「メモしときます。それで明日送ります」


「送ったらどうなる?」


「返事が来ると思います」


「返事が来たらどうする?」


「んー……仲直りできると思います」


「仲直りできたらどうする?」


「えー、奏楽さんに報告します!」


そこで俺は少しだけ笑った。


「どうやって?」


「え?」


「あ」


「LINE教えてください」


「そう。それだよ」


るなは、

さっきまでの沈んだ顔が少し嘘みたいに、照れながら笑った。


喫煙所でいきなり「姫にしてください」と言ってきた時より、

今のほうがずっと自然だった。


担当になるとか、ならないとか、

そういう言葉の前に、まず連絡先を交換する理由ができた。


それだけのことなのに、話が急に現実に近づいた気がした。


俺はスマホを取り出して、QRを表示する。


るなもそれを読み取りながら、少しだけ安心したような顔をしていた。


「待って。俺のこと、奏楽さんって」


「あ、ばれちゃいました」


「なんで知ってんの?」


「私、奏楽さんのことフォローしてたんですよ」


「え、そうなの?」


「友達が担当の話するから、気になる人を何人かフォローしてて。

見てたんです、奏楽さんのこと。だから、さっき話しかけられて、びっくりしちゃって」


そういうことか、と思った。


喫煙所の前で目が合った時、

るなが急に下を向いたのも、

声をかけたら戸惑ったのも、

ただ警戒していたからじゃなかったんだ。


知らないホストに話しかけられたんじゃなく、

画面の向こうで見ていた男が、

急に現実に出てきたみたいな感覚だったのかもしれない。


「なんだよ。最初から言ってよ」


「恥ずかしくて言えなかったです」


「じゃあ、俺が話しかけたの、運命だったのかもな」


軽く言ったつもりだった。


でも、運命、という言葉を口にした瞬間、別の顔が頭をよぎった。


まおだった。


ついさっきまで、

あいつの先輩が「運命とか言ってるよ」と笑っていたのを思い出す。


同じ言葉なのに、

るなの前で口にすると、

少しだけ温度が違って聞こえた。


歌舞伎町では、似たような言葉が、

相手によってまるで別の意味になる。


俺はるなのQRが画面に表示されるのを見ながら、

今夜の話がどこに転がっていくのか、

まだ自分でもよくわかっていなかった。

よんでいただきありがとうございます。

感想、評価、レビュー思ったままにお願いします。

いただいた方にはお返ししに行きます。

ブックマークしていただけるよう謹んでまいります。

今後とも長いおつきあいをよろしくお願いします。

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