エピソード63 姫にしてください
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
きぶんの上がらないまま、喫煙所に向かった。
さっきのことがまだ身体のどこかに残っている。
痛みというほどじゃないのに、
気分だけが鈍く重かった。
こういう時でも、道を歩きながら視線だけは自然と女の子を探している。
もう癖みたいなものだった。
もちろん、誰にでも声をかけるわけじゃない。
俺は昔から、
きれい系とか、
お姉さんっぽい雰囲気の人にはあまり刺さらない。
何度かやってみてわかったことだ。
相性が悪いのか、
単純に俺の軽さが見抜かれるのか、
そのへんは自分でもよくわからない。
ただ、成功率がかなり低いことだけは知っていた。
喫煙所の手前で、
一人の女の人と目が合った。
なんとなく、
向こうも一瞬だけこっちを見ていた気がして、
足を止める。
「どうかしましたか?」
そう声をかけると、
女の人は少しだけ目を揺らして「あ、いや、なんでもないです」
と言って、すぐに下を向いた。
その反応で、ああ違ったのかと思う。
見られていた気がしたのも、話せそうだと思ったのも、
たぶんこっちの勝手な勘違いだった。
「ごめんね」
そう言って、俺はそのまま喫煙所に入った。
火をつける前から、
煙草の味が少しだけ苦くなりそうな夜だった。
喫煙所からは、大型ビジョンが見えた。
深夜二時までは派手に映像を流しているそれも、
今はもう三時を過ぎていて、
ただの真っ黒な板みたいに沈んでいる。
光ることをやめた画面は、妙に冷たく見えた。
俺はそれをぼんやり見つめながら、煙を吐いた。
夜はまだ終わっていないのに、
街の一部だけが先に力尽きているみたいだった。
さっきのことを思い出す。
膝を擦りむいていた女の人。
蹴られた脇腹。
親切心なんて、この街ではなんの免罪符にもならない。
そう思ったあとに声をかけた女の子にも、
あっさり空振った。
今日はもう、何をしても噛み合わない気がしていた。
もう一本吸ったら、適当にまた歩こうか。
そんなことを考えていた時、
喫煙所の外に人影が見えた。
さっきの女の子だった。
こっちに向かってくるのがわかって、
思わず視線を戻す。
向こうも少し緊張したような顔で、
でも足は止めずにそのまま近づいてきた。
「あの……さっきはすいません」
さっきまで下を向いていた子が、
今度はちゃんとこっちを見ていた。
「お兄さん、ホストですか?」
「そうですけど……」
自分で答えながら、
なんで今さらそんなことを聞くんだろうと思った。
名刺も出していないし、
スーツ姿でもない。
見ればなんとなくわかる夜の人間っぽさみたいなものが、
もう身体に染みついているのかもしれなかった。
少しだけ沈黙があった。
女の子は何か言いかけて、
やめて、また口を開きかける。
その間が妙に長く感じた。
煙草の先の火だけが、
やけに赤く見えた。
それから、意を決したみたいにその子が言った。
「姫にしてください!!」
一瞬、言葉の意味がそのまま入ってこなかった。
「……え?」
思わず目を丸くする。
女の子は言ったあとで急に恥ずかしくなったのか、
さっきよりもっと気まずそうな顔になっていた。
「だ、だめですか……」
「いや、いいんだけど、びっくりした」
そう返すと、女の子は少しだけ肩の力を抜いた。
ついさっきまで、
今日は何をしても空振る夜なんだと思っていた。
視線が合っても勘違いで、
声をかけてもかわされて、
親切心すら面倒ごとに変わる。
そういう夜だと、勝手に決めつけかけていた。
でも歌舞伎町は、
ときどきそういう諦め方をした瞬間に、
平気で話をひっくり返してくる。
真っ暗な大型ビジョンを背にしたまま、
俺は目の前の女の子を見た。
街の明かりは少し鈍くなっているのに、
この瞬間だけは、急に夜がもう一度動き出した気がした。
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