エピソード62 絆創膏
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
久しぶりに外でナンパをした。
始発を待つあいだの、いつものやつだ。
これも入ってからずっとやってきた。
新人の登竜門みたいなものだし、
初回につく練習にもなる。
立ち止まってもらうまでの数秒で、
自分がどんな人間なのかをそれっぽく見せる。
明るそうとか、
優しそうとか、
話しやすそうとか。
中身なんてほとんど知らないまま、
入口だけを売る練習だ。
もちろん、成功したことなんてない。
その場でLINEを交換できたことは何度かある。
でも、ああいうのはだいたいわかる。
女性がその場をやり過ごしたくて、
とりあえず教えてくれているだけだ。
あとから送っても返ってくることはほとんどない。
たまに既読がつけばまだいいほうで、だいたいはそのまま沈む。
それでもやるしかない。
始発までの時間は長い。
店の熱気が身体に残ったまま、
外に出ると急に現実みたいな寒さがくる。
眠いし、だるいし、
正直もう誰にも話しかけたくない。
でも、だからといって座り込んで時間が過ぎるのを待つわけにもいかなかった。
歌舞伎町の朝方は、夜の続きみたいな顔をしている。
酔っているやつ、笑っているやつ、
喧嘩しそうなやつ、既に喧嘩したやつ、
もう全部どうでもよさそうな顔で歩いてるやつ。
そういう人たちの流れの横で、俺たちはまだ営業の名残みたいに女の子へ声をかける。
自分がどんな人間なのかを、一瞬でアピールする。
言葉にすると簡単だけど、実際はそんなに器用な話じゃない。
たった数秒で相手の警戒を越えて、
少しでも「この人なら大丈夫かも」と思わせないといけない。
明るくいくのか、やわらかくいくのか、冗談っぽくいくのか。
その判断を毎回その場でやる。
初回と少し似ているけど、店の外だともっと容赦がない。
無視されるのが普通で、立ち止まられたらむしろ珍しい。
それでも、たまに少しだけ会話が続くと、
自分が今どんなふうに見えているのかがわかる気がした。
売れてるやつは、こういう時でも自然に懐に入る。
俺にはまだそれがない。
ただ、ないままでも繰り返すしかなかった。
どうせ始発まで暇なのだ。
暇というより、宙ぶらりんだった。
このまま帰れば朝になって、
寝て、また起きて、次の出勤が来る。
その間に何かが変わるわけでもない。
だったら少しでも店につながることをするしかない。
意味があるのかないのかわからないことでも、
やらないよりはましだと思いたかった。
声をかけて、流されて、また次に行く。
そんなことを繰り返しながら、
夜の終わりみたいな空を見上げた。
うまくいかないのが普通だと、もう知っている。
それでもやめないのは、
期待しているからというより、
ここで立ち止まったら本当に何も残らない気がするからだった。
路地を歩いていると、
膝から血を垂らして三角座りしている女の人がいた。
しゃがみこんだまま、うつむいている。
酔っているのか、痛いのか、よくわからない。
ただ、その膝だけがやけに生々しく見えた。
俺はとっさに駆け寄った。
「どうしたんですか?」
聞きながら、転んだ以外にないよな、とも思った。
こんな聞き方をしても、
大した答えが返ってくるわけじゃない。
それでも、見て見ぬふりをして通り過ぎるのも違う気がした。
「絆創膏、よかったら使ってください」
そう言って財布の中に入れてあった絆創膏を探そうと、かがんで鞄をまさぐる。
その瞬間、急に視界がひっくり返った。
夜空が見えた、と思った次の瞬間、鈍い痛みが脇腹に走る。
蹴とばされたんだ、と理解するまで一瞬かかった。
「おい、俺の女にちょっかいかけんな」
低い声が降ってきた。
起き上がって顔を向けると、身長百八十くらいはありそうな、
ガタイのいいスキンヘッドの男がこっちを睨みつけていた。
目つきがどうこうというより、
もう立っているだけで面倒なことが起きるとわかるタイプの男だった。
「いや、そういうんじゃないですけど。すいませんでした」
それだけ言って、俺は足早にその場を離れた。
親切心で声をかけただけだった。
でも、歌舞伎町では、
そんなことはたぶん関係ない。
男が女に声をかける。
それだけで、取られると思う男がいる。
それをおかしいとも言い切れない空気が、この街にはある。
昼の感覚なら、理不尽だと思う。
でも、ここではそういう理屈のほうが先に来る。
歌舞伎町では、不思議でもなんでもない話なんだろう。
そうやって自分を納得させるしかなかった。
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