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歌舞伎町が僕を食べる。  作者: 夜坂ネオン


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エピソード61 罵倒

歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。


そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと


そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。


 まおにLINEを入れた。


「今日もありがとう。りなちゃん、

 アフター行ったんだってね。

 まおも残ってたら、俺も行ったのに」


送ってから、少しだけ文面を見返した。

重くはない。


たぶん、

重くはないはずだ。


冗談っぽくも読めるし、

営業っぽくも読める。


どっちにでも逃げられる言い方を、

気づけば前より自然に選べるようになっていた。


スマホをロッカーの上に置いて、

着替え始める。


シャツのボタンを外しながら、

今日一日のことをぼんやり思い返した。


新しいシャツを着た時の、

少しだけ背筋が伸びる感じ。


まおに「似合ってる」と言われた時の、

思っていたよりちゃんと嬉しかった気持ち。


みくが他店の担当を連れてきた時の、

喉の奥に小さな棘が刺さるみたいな感覚。


そのあと、またまおの席に戻った時の妙な安心感。


たった数時間のことなのに、気持ちが上がったり下がったりして、変に疲れる夜だった。


着替え終わってスマホを見ると、まおから返信が来ていた。


「いくわけないだろ、変態。」


冷たい返事だった。


なぜ俺はこんなに罵倒されなければならないのかと思いながら、

それでも少しだけ笑ってしまう。


返しやすい雑さで返してくるあたり、

まおらしいとも思った。


「変態はひどいだろ。俺はただ、もう少し飲みたかっただけなのに」


送ると、今度はすぐに返ってきた。


「先輩はホテル入っていった」


その一文で、意味がつながった。

だから俺は変態呼ばわりされたのか。


一瞬、バックヤードを見回して花音さんの姿を探したけど、

もういなかった。


そういう営業スタイルなのか、と思う。


否定するつもりはない。


店の外で何をどうするかなんて、

人それぞれだ。


ただ、同じ店の人間として、

少しくらいは知っておきたかった気もした。


「そういうことか。そういうアフターなら参加しないよ」


返すと、まおはすぐにまた打ってきた。


「当たり前じゃん。先輩も花音もきもい」


「まあまあ、お互い納得してるならいいんじゃないかな」


「先輩はいつも男と消える」


お店で見たりなちゃんの印象とは少し違っていて、少し驚いた。


明るくて、ノリがよくて、

ただそれだけの女の子に見えていたからだ。


でも、店の外のことなんて、

結局その人の一部しか見えていない。


こっちが勝手に抱いている印象なんて、いくらでもずれる。


まおが無事に帰った。


それがわかっただけで、ひとまずは十分だった。


それなのに、

LINEの画面を閉じたあとも、

胸の奥にはうまく言えないざらつきが少し残った。


花音さんのことなのか、

りなちゃんのことなのか、

それとも、まおがそういうことをわざわざ俺に伝えてきたことなのか、

自分でもよくわからなかった。


歌舞伎町では、知れば知るほど、

何も知らない気がする夜がある。


まおへの返信を考えていると、

また通知が来た。


「奏楽はそんな営業してないよね」


その一文を見た瞬間、

指が少し止まった。


ただ確認したいだけの言い方にも見えるし、

そうであってほしいと思っているようにも見えた。


まおはこういう時、

心配とか不安とか、

そういう名前のつく感情をそのまま出さない。


代わりに、少しだけ棘のある言い方でこっちの答えを探ってくる。


画面を見たまま、少しだけ考える。


してないよ、とだけ返すのは簡単だ。


でも、それだけだと軽すぎる気もした。


逆に、変にまじめな言い方をすると、

今度は重くなる。


こういう距離の取り方ばかり、

だんだんうまくなっていく。


「してないよ。そういうので引っ張るの、向いてないし」


送ると、既読はすぐについたのに、返事は少し遅かった。


その数十秒が、

妙に長く感じた。


バックヤードには閉店後の空気が残っていた。


誰かの笑い声、

ボトルの触れ合う音、

遠くでまだ片付けをしている物音。


店の中はもう終わっているのに、

夜だけはまだ終わっていないみたいだった。


やっと返ってきたのは、短い一言だった。


「ならいい」


それだけだった。


それだけなのに、

少しだけ安心している自分がいた。


何が「ならいい」のかは、

はっきり聞かなくてもなんとなくわかる。


たぶんまおは、

そういうことで繋がるのが嫌なんだろう。


店に来ることと、店の外で何かを渡すことは、

似ているようで全然違う。


まおの中では、

その線がちゃんと引かれている。


「何その確認。心配してくれてたの?」


少しだけ茶化して返す。


すると、間を置かずに返ってきた。


「別に。ただ、そういうのだったらもういかない」


まおらしい言い方だと思った。

好きとも言わないし、会いたいとも言わない。


ただ、嫌なものだけははっきりしている。

その不器用さが、変にまっすぐで、少しだけ嬉しかった。


「安心しろよ。そういうので売るタイプじゃない」


「ほんとに?」


「たぶん、自信ないし」


送ってから、最後の一文は少し正直すぎたかもしれないと思った。

でも、取り消すほどでもなかった。


まおからは、少ししてこう返ってきた。


「きしょ」


自分でもきもいと思い、思わず笑ってしまった。


今夜みたいに、誰かのことで少しざらついて、

別の誰かの一言で少しだけ救われる。


そういう揺れ方をしている時点で、

もうだいぶこの街のリズムに馴染み始めているのかもしれなかった。


でも少なくとも、この瞬間だけは、

歌舞伎町に食われる前に、

誰かの基準で人間のまま引き止められた気がした。

よんでいただきありがとうございます。

感想、評価、レビュー思ったままにお願いします。

いただいた方にはお返ししに行きます。

ブックマークしていただけるよう謹んでまいります。

今後とも長いおつきあいをよろしくお願いします。

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