エピソード60 顔が好き
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
送り指名は、結局、
先輩が「顔が好き」と言った花音さんになった。
花音さんは、俺より一か月だけ早く入った先輩だ。
最初の頃に「敬語じゃなくていいよ」と言ってくれたことを、
今でもなんとなく覚えている。
年も近いし、変に先輩風を吹かせることもない。
やわらかくて、空気の入り方がうまい。
こういう時に安心して振れる相手がいるのは、
単純に助かった。
「じゃあ先輩、送りは花音でいくね」
「やったー、顔が好き」
「理由が軽いな」
「だって大事じゃん、顔」
「それはそう」
花音さんは苦笑いしながらも、
慣れた感じで席に入ってくれた。
無理にテンションを上げるでもなく、
でも場を止めることもなく、
自然に会話の流れに乗っていけるタイプだ。
こういう人を見ると、
たった一か月でも、
店で覚えることはちゃんとあるんだなと思う。
俺は一度卓を離れて、
初回を回ったり、
リコピンについたりしてから戻った。
まおの終電の時間も、そろそろ近い。
「ただいま。グンマ国はそろそろ終電だよな」
「先輩! こいつ群馬バカにしてきてますよ!」
「しょうがないじゃない、群馬なんだから」
先輩は寛大だった。
「お会計、なんとぴったし六万円におさえました!」
そう言って伝票をまおに渡すと、
まおは露骨に顔をしかめた。
「そんな計算だけしっかりしててきもい!」
「前回と合わせて十一万も使っちゃったじゃん!
もうしばらくお金なくて来れないからね!」
「そう言って来てくれるのが、まおだもんな」
そう返しながら頭に手を伸ばして撫でると、
予想通り、まおはすぐに払いのける。
「触んな、きもホスト!!」
口は悪い。
悪いけど、本当に嫌なら、
そもそもここまで来ないことを、
こっちももう少しずつ知り始めている。
だからその暴言さえ、
前より少しだけ違う意味で聞こえてしまう。
さっき先輩が言っていた「運命とか言ってるよ」という言葉が頭の中で勝手につながって、
なんだか急にかわいく見えてしまった。
花音さんと二人で、
まおと先輩を外まで送った。
店の外に出ると、
夜の空気は思ったより少し冷たくて、
さっきまでの店内の熱気が嘘みたいだった。
「まおちゃん、めっちゃ口悪いけど、きっと奏楽のこと大好きなんだね」
花音さんが、からかうでもなく、
ただ少し面白そうに言った。
「そうかなあ。ツンデレすぎるけどなあ」
「りなちゃんは顔で選んでくれたから、おれはこっから頑張るわ」
「あー、先輩ってりなちゃんって言うんだ」
「知らなかったんだ」
「ずっと先輩って言ってたから」
そんな話をしながら店に戻る。
テーブルを片付けて、
空いたグラスを下げて、
またヘルプを回る。
さっきまで少しだけ特別だった時間も、
店の中に戻ればすぐにいつもの流れへ溶けていった。
リコピンの席に戻ると、
りこぴんは「おかえり」と言いながらテキーラをくれた。
今日もいつも通りだ。
誰かに少し期待した夜も、
ざらついた夜も、結局は同じ顔をして続いていく。
営業が終わって、
閉店作業に入る。
バックヤードで片付けをしていると、
また花音さんが声をかけてきた。
「りなちゃんから連絡があって、
まだ歌舞伎にいるらしいから、アフター行ってきていいかな」
そうか、
と思った。
今夜はそっちの流れになるのか。
ふと、先に頭に浮かんだのは、
りなちゃんじゃなくてまおのほうだった。
「まおはいる?」
「まおちゃんは帰ったみたいだよ」
その一言で、少しだけ肩の力が抜けた。
そうか、いないのか。
ほんの少しだけ、
拍子抜けした気持ちはあった。
でも、ちゃんと帰ってるなら、
それでよかった。
少なくとも、そう思うことにした。
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