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歌舞伎町が僕を食べる。  作者: 夜坂ネオン


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エピソード58 ごめシャン

歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。


そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと


そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。


 出勤前、バックヤードで今日買ったシャツに袖を通した。


たった一枚、シャツを変えただけだ。

それだけで何かが劇的に変わるわけじゃない。

鏡に映る自分も、顔まで別人になるわけじゃない。

それでも、少しだけ気持ちが高揚した。


布が新しいだけで、背筋の伸び方が変わる。

襟の立ち方ひとつで、自分が少しだけまともに見える。

たぶん服そのものより、これを着て店に立つ自分を想像している時間が好きなんだと思う。


ホストの服は、おしゃれというより鎧に近い。

似合ってるかどうかより、

それを着た自分を信じられるかどうかのほうが大事だ。


鏡の前で袖口を整えていると、

まだ営業前なのに少しだけ気持ちが上向いているのがわかった。

二回目の給料で買った一枚。額にしたら大したことはない。

でも、こういう小さな変化にすがりたくなるくらいには、

俺もこの仕事に気持ちを置き始めていた。


しばらくして、まおが来た。


席についてすぐ、なんとなく機嫌が悪そうに見えた。

不機嫌というより、拗ねているような、

自分で自分に腹を立てているような顔だった。


「どうしたの」

「別に」

「エリカ様じゃないんだから」

「ほんとになんでもない」

「じゃあその顔なに」

「また来ちゃったって、自分に嫌気がさしてるだけ」


そう言って、まおはテーブルの上のコースターを指先でいじった。

視線はこっちに向いていないのに、耳だけはちゃんと俺の言葉を待っている感じがした。


「いけないことかな?」

「はまってるみたいで嫌」

「俺は嬉しいよ」

「あんたなんかにはまってるのが嫌なの!」

「なんだよそれ、素直になれよ」

「今日は予算六ね。超えたら殺す」

「殺すなよ、はまってる担当を」

「殺さないけど蛙化。もう来ない」


言い方はきついのに、来てる時点で全然来なくなる気はしない。

そういう矛盾を、本人もたぶんわかっていて、

わかってるから余計に腹が立ってるんだろうと思った。


俺は笑いながら水割りを作って、

まおの前に置いた。

こういうやり取りができる相手は強い。

好きとか会いたいとか、

わかりやすい言葉を使わなくても、

すでに距離が縮んでいることがある。


新しいシャツにも、まおはすぐ気づいた。


「なにそれ。今日ちょっとちゃんとしてる」

「ちょっとってなんだよ」

「昨日までよりはマシ」

「褒め方下手すぎるだろ」

「でも似合ってる」

「ちゃんと褒めれるじゃん」

「うるさい」


その「似合ってる」が、さっき鏡の前で感じていた高揚を、急に本物に変えた。


営業が始まって少しして、入口のほうがざわついた。

見た瞬間、少しだけ空気が変わるのがわかった。


みくだった。


しかも一人じゃない。


隣には、明らかに同業だとわかる男がいた。

他店の担当。

店の照明の下でも、

髪もスーツも立ち方まで無駄に整っていて、

こっちの世界の人間だと一目でわかる。


みくは俺と目が合うと、

気まずそうに笑って片手を上げた。


本当に来たんだ、と思った。

しかも、ごめシャンのために。

それだけならまだ素直に嬉しかった。

でも、ほかの店の担当と一緒に来る、

という事実は、嬉しいだけでは処理しきれない種類の棘を持っていた。


俺が席につくと、

みくは最初に「ごめん」と言った。

軽い調子に聞こえるのに、

声の奥にはちゃんと様子をうかがう感じがあった。


「今日、ちょっと時間ないんだけど、ごめシャンしていい?」

「ほんとに来てくれたんだ。担当さんまで」

「初めまして、ミナトっていいます」

「奏楽です。よろしくお願いします」

「みくが迷惑かけてすいません」

「いえ。仲直りできたみたいでよかったです」


場数を踏んでる顔だと思った。

ニコニコしているぶん、逆にやりづらい。

冷戦みたいな緊張感がある。

ごめシャンと言いながら、

ちゃんと牽制も入れてきている気がした。


みくは注文表を見ながら、なにも気づいていなさそうだった。

たぶん本心で、二人とも仲良くしてほしいと思っているんだろう。


でも夜の店の仕組み上、それはそんなに簡単じゃない。


「じゃあ、入れよっか」


担当がそう言うと、みくはにこっと笑った。


ごめシャンが入る。

卓にボトルが出て、コールが始まる。

店の中はいつも通りに騒がしくて、華やかで、何もおかしくないみたいに回っていく。

でも、俺の中だけ少しざらついていた。


最初にみくがマイクを持った。


「奏楽くん、いつも迷惑かけてごめんなさい! これからもよろしく! よいしょ!」


続いて担当。


「CLUB〇〇のミナトです。今日は奏楽くんに会いに来ました。僕の姫が迷惑をかけたみたいなので、ごめシャンしに来ました。奏楽くん、これからもよろしくお願いします! よいしょ!」


当たり障りのない、定型文みたいなマイクだった。正直、俺から言うことなんてほとんどない。

でも、言わないわけにもいかない。


「シャンパンありがとうございます。これからも、お二人が仲良くできることを僕も願っています。今後ともよろしくお願いします! よいしょ!」


思ってもいないことを言うのが、少しつらかった。

ただ早く、なにも問題なく終わってほしかった。


まおの席では、さっきまで言い合いみたいなやり取りがあって、その空気に少し救われていたのに、みくが別の店の担当を連れて現れたことで、また別の種類の現実を突きつけられた気がした。


はやく、まおの席に戻りたい。


ごめシャンの泡がグラスの中で立っていくのを見ながら、俺は笑顔を崩さないようにした。


新しいシャツは、たしかに少しだけ自分を強くしてくれた。

でも、どれだけ見た目を整えても、

こういう時に平気な顔をする技術まではまだ買えないんだと思った。


必要なのは服じゃなく、

こういう夜を何事もなかったみたいに飲み込める側の人間になることなのかもしれない。


そう考えた時、歌舞伎町がまた少しだけ、

こっちを見て笑った気がした。

よんでいただきありがとうございます。

感想、評価、レビュー思ったままにお願いします。

いただいた方にはお返ししに行きます。

ブックマークしていただけるよう謹んでまいります。

今後とも長いおつきあいをよろしくお願いします。

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