エピソード57 誘い
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
二回目の給料をもらってから、
次の出勤までのあいだ、
何に使うかをずっと考えていた。
生活費はもう頭の中で分けてある。
家に入れる分。
交通費。
最低限の飯代。
そこを引くと、
自由に使える金は思ったより少なかった。
それでも、
何かひとつくらいは買っておきたかった。
シャツでもいいし、
靴でもいい。
香水でもいい。
どうせ働くなら、
少しでも売れて見えるほうがいい。
そういう考え方をしてる時点で、
前の自分からはだいぶ遠くまで来てる気がした。
昼過ぎ、新宿に出た。
駅から少し歩いて、
服屋を何軒か見る。
高い。
普通に高い。
夜の仕事をしてると、
金の感覚が一瞬バグることがあるけど、
こういう店に入るとすぐ戻る。
値札を見るたびに、
現実がちゃんと追いついてくる。
でも、
安いものを何枚も買うより、
少し高くても
“それっぽく見える一枚”を持ってるほうがいい気もする。
迷いながらスマホを開いて、
まおのLINEを見た。
前から、
ちょこちょこ連絡は取っている。
まだ深くはない。
でも、
完全に営業だけでもない、
あの曖昧な距離感。
少し考えてから、
軽く送ってみる。
『今日、出勤前ひま?』
すぐには返ってこなかった。
店の女の子たちと違って、
まおは返事の速度で期待を持たせるタイプじゃない。
だから逆に、
通知が鳴るたび少し気になる。
十分くらいして、
返事がきた。
『何ー?』
『買い物しようかと思ってる』
『ついでに飯でもどうかなって』
送ってから、
これって同伴の誘いに見えるな、と思った。
いや、
実際ほぼそうか。
露骨すぎたかな、と少しだけ後悔する。
既読はついたけど、
返信は少し間が空いた。
その数分で、
別に断られてもいい、と思いながら、
断られた時の文面まで考えている自分がいた。
やがて返ってきたのは、
短い文章だった。
『ごはんは行かないー』
『でも今日お店は行くよ』
思ったより、
きっぱりしていた。
脈なし、という感じでもない。
でも、
線は引かれてる。
その引き方が、
なんとなくまおらしかった。
『そっか』
『じゃあ店で待ってる』
それだけ返して、
スマホを閉じる。
変に理由を聞くのも違う気がした。
行かないものは行かない。
でも店には来る。
それが今のまおの答えで、
たぶんそこには
本人の中でちゃんとした基準があるんだろうと思った。
ホストにとって、
店の外で会えるかどうかは大きい。
同伴できる客のほうが、
距離が近いように思えるし、
売上にもつながる。
でも逆に、
外では会わないと決めている客のほうが、
店の中では本気だったりもする。
それは何度か見てきた。
外で崩れる関係より、
店の中だけで完成させたい関係もある。
まおがどっちなのかは、
まだわからない。
ただ、
簡単に外へ引っ張れない相手だということだけはわかった。
それは少し面倒で、
少し興味深かった。
結局、
何軒か見て回って、
シャツを一枚買った。
手に取った瞬間に
「高いな」と思って、
レジに持っていく直前まで迷ったやつだ。
でも、
こういうのは勢いだと思った。
自分に似合うかどうかより、
着た時に少しだけ強く見えるかどうか。
ホストの買い物は、
おしゃれというより武装に近い。
紙袋を持って店に向かう。
今日は、
同伴はない。
でも、
まおは来る。
その事実だけで、
少しだけ足取りが軽くなっているのがわかった。
たぶん俺は、
断られたことより、
来ると言われたことのほうを都合よく信じていた。
そういう解釈をし始めたら、
もうだいぶこの仕事に向いてきてるのかもしれない。
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