エピソード54 揺れた
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
煙草に火をつけた瞬間、
スマホが震えた。
メロから電話。
一瞬、指が止まる。
ラインじゃなくて、電話。
軽く詰めるつもりで送っただけだったのに。
着信画面を見つめたまま、
数秒迷ってから出る。
「もしもし」
『あ、出た』
向こうは妙に明るい。
その明るさが、少し腹立たしい。
「なにしてんの?」
さっき送ったラインと同じ言葉が、
そのまま口から出た。
メロは笑う。
『それ、ラインでも見た』
「見たなら返せよ」
『だって電話の方が早いじゃん』
その言い方に、
いつものメロを感じてしまうのが悔しい。
「で?」
「新しい担当?」
少し沈黙。
街の雑音の向こうで、
メロが小さく息を吐く。
『違うよ』
「じゃあ何」
『友達の店のホスト』
「友達の店のホストとバー?」
『うん』
「ふーん」
自分でもわかる。
声が、ちょっと尖っている。
メロはたぶん、それもわかってる。
『怒ってる?』
「別に」
『怒ってるじゃん』
「怒ってねえよ」
『うそだね』
その軽さに、
少しだけ苛立つ。
「もうおれのとこはこないの?」
送ったラインと同じことを、
今度は声に出して聞く。
メロは、少しだけ黙った。
さっきまでの軽さが、
ほんの少しだけ消える。
『行くよ』
短い。
「じゃあなんであんなことしたの」
『奏楽はホテルいってくれないから』
その一言で、
さっきまでの苛立ちが、
少しだけ別の熱に変わった。
「……は?」
間の抜けた声が出る。
メロは、
電話の向こうで笑っていない。
『だってさ』
『バーは来るくせに、
ホテルは来ないじゃん』
夜の雑音の向こうで、
ヒールの音がひとつ鳴る。
『私は別に、
毎回やるとか言ってるわけじゃないよ』
『でも、
そこだけはちゃんと線引くんだなって』
言葉を選んでいるのがわかった。
『だったら、
どこまで本気なのかなって、
見たくなった』
試されたのは、
嫉妬だけじゃなかったのか。
俺が、
どこまで来る男なのか。
どこで止まる男なのか。
それを見られていた。
「それで、
知らないホスト連れてきたのかよ」
少し低い声になる。
メロはすぐには答えない。
『うん』
短い。
『だって、
奏楽って優しいじゃん』
『優しいけど、
優しすぎて、
どこまでが私で、
どこまでが客か、
わかんなくなる時あるし』
胸の奥が、
少しだけ痛くなる。
リコピンの顔が浮かぶ。
ららの顔も、
まおの顔も、
一瞬ずつよぎる。
みんな、
違う形で
“特別”を欲しがる。
でも、
同じ“特別”なんて、
ひとつもない。
「メロ」
俺は煙を吐く。
「ホテル行かないのは、
お前を軽く扱いたくないからだよ」
電話の向こうが、
少しだけ静かになる。
「安い担当に
なりたくないって言っただろ」
「それ、本気」
メロは、
しばらく黙っていた。
街のざわめきだけが、
妙に近く聞こえる。
『……そういうとこなんだよ』
小さい声で言う。
『そういうとこ、
ずるい』
「知らねえよ」
『知ってるくせに』
少しだけ、
笑いが戻る。
でも、
さっきまでの軽さとは違う。
「じゃあさ」
メロが言う。
『次は、
ちゃんと二人で飲も』
『変なの連れてかないし』
『試すのも、
もうやめる』
「ほんとかよ」
『半分ほんと』
「半分かよ」
『だって、
まだ奏楽のこと
全部信じてないし』
それもそうか、
と思った。
メロはメロで、
ちゃんと傷ついてきたんだろう。
担当のプリクラひとつで
切ったのだって、
たぶん表面だけの話じゃない。
「じゃあ、
半分ずつでいいよ」
俺はそう言った。
「お前は半分信じろ。
俺は半分、
ちゃんとお前のこと見る」
メロが、
小さく笑った。
『なにそれ』
『ちょっと好き』
心臓が、
また変な音を立てる。
「軽く言うな」
『軽く言ってないよ』
その返しが、
少しだけ怖い。
俺は火の消えた煙草を見て、
新しい一本を出すのをやめた。
「とりあえず今日は帰れよ」
「もう帰ってるよ」
『さっきのホストも
駅でバイバイしたし』
「ほんとに担当じゃないんだな」
『だから違うって言ってるじゃん』
少し拗ねた声。
『奏楽が嫌がるかなって、
それ見たかっただけ』
「めんどくさい」
『うん』
「でも、
次は普通に来い」
『普通じゃ印象残んないじゃん』
「残ってるよ、
十分」
口に出してから、
少しだけ後悔する。
でももう遅い。
メロは、
電話の向こうで
満足そうに息を吐いた。
『じゃあ、
今日はそれで許してあげる』
「なんでそっちが上なんだよ」
『奏楽がホテル行ってくれないから』
またそこに戻る。
思わず笑ってしまう。
「しつこいな」
『忘れないでよってこと』
その言い方は、
冗談っぽいのに、
ちゃんと本音だった。
「忘れてねえよ」
『ならいいや』
少し間。
『おやすみ、奏楽』
「おう」
『次はちゃんと、
私だけ見てよ』
通話が切れる。
画面が暗くなる。
俺はしばらく、
そのまま立っていた。
リコピンとは楽しく飲んだ。
十回記念も、
ちゃんと意味のある夜になった。
なのに、
最後まで集中しきれなかった。
その理由が、
今ははっきりしている。
メロは、
会いに来たんじゃない。
揺らしに来た。
そして、
ちゃんと揺れた。
それが、
少し悔しかった。
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