エピソード53 ほかの女
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
そう思った、その時だった。
バーの入口のベルが、乾いた音を立てた。
なんとなくそっちを見て、
一瞬、息が止まる。
――メロ。
しかも、一人じゃない。
隣には、知らない男がいた。
背が高くて、髪は明るい。
黒いシャツに細いネクタイ。
座り方も歩き方も、妙に慣れている。
一目でわかる。
ホストだ。
メロも、俺に気づいた。
ほんの一瞬だけ目が合う。
でも、手は振らない。
何事もなかったみたいに、
そのまま奥の席に座った。
リコピンは、
俺の視線の先なんて気にもしていない。
ストローをくるくる回しながら、
「ねえ、奏楽、これ甘くておいしい」
そう言って笑っている。
「そうか、よかった」
返事はした。
でも、自分でもわかる。
少しだけ、遅い。
「奏楽?」
「ん?」
「今日、やっぱちょっと変」
ドキッとする。
「そう?」
「うん」
リコピンは、俺をじっと見る。
「なんか、ぼーっとしてる」
「ごめん、ちょっと疲れてるだけ」
嘘ではない。
でも、本当でもない。
メロは、知らないホストと何か話して笑っている。
あいつ、何してるんだ。
新しい担当なのか。
それとも、ただの同業の知り合いか。
わからない。
わからないのが、一番気持ち悪い。
リコピンはそんなことも知らずに、
「ねえ、十一回目はなに記念にする?」
なんて言ってくる。
「気が早いな」
「毎出勤なめんなよ?」
笑う。
俺も笑う。
でも、視界の端っこではずっと、メロの席がちらついていた。
こういう時に、
ホストは顔に出しちゃいけない。
今目の前にいるのはリコピンだ。
十回記念でシャンパンまで入れてくれて、
今日じゃなきゃ意味がないって走ってきてくれた子だ。
ちゃんとここにいなきゃいけない。
そう思えば思うほど、
意識が逆に、もう片方へ引っ張られる。
「奏楽ってさ」
リコピンがまた何か話し出す。
「もし私が三日くらい来なかったらどうする?」
「三日?」
「うん」
「泣く」
「うそつけ」
「半分ほんと」
そう言うと、
リコピンは満足そうに笑った。
会話は楽しい。
空気も悪くない。
むしろ、かなりいい。
でも、集中しきれない。
それが、少し情けなかった。
バーを出るころには、
メロたちの姿はもうなかった。
結局、最後まで直接話すことはなかった。
リコピンを駅まで送りながら、
「今日ありがとね」
と言うと、
リコピンは上機嫌のまま言った。
「こちらこそー。十回記念、合格!」
「次は二十回な」
「毎出勤なめんなよ?」
その言い方が、いつも通りで、
少しだけ救われた。
改札の前で手を振って、
リコピンが人混みに消えていく。
その背中を見送ってから、
俺はやっとスマホを開いた。
メロのラインを探す。
少しだけ考えて、
できるだけ軽く打つ。
『なにしてんの?』
送る。
既読は、すぐついた。
間を置かず、
続ける。
『新しい担当?』
これも既読。
最後に、もう一つ。
『もうおれのとこはこないの?』
送ったあとで、
少しだけ、自分でもダサいと思った。
でも、あの場面を見て、
平気でいられるほど大人じゃなかった。
さっきまでリコピンと笑って飲んでいたのに、
最後までちゃんと集中しきれなかった。
十回記念の夜に、
他の女のことで気を取られていた。
最悪だ。
でも、これもたぶん、
歌舞伎町なんだろう。
返事を待ちながら、
俺は夜風の中で一本、煙草に火をつけた。
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