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歌舞伎町が僕を食べる。  作者: 夜坂ネオン


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エピソード1 初めてのホストクラブ

歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。


そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと


そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。


  歌舞伎町までは、家から電車で一時間ほどかかる。

 今日は、後輩から指定された店の場所へ向かう日だった。


 大学の入学式以来のスーツに袖を通す。

 鏡に映る自分は、どこか借り物の人間みたいに見えた。


 緊張を誤魔化すように、

 大好きなバンドの曲を流す。

 電車に揺られながらアルバムを二枚。

 ちょうど聴き終えそうなところで、新宿に着いた。


  歌舞伎町に足を踏み入れた瞬間、

 空気の温度が一段、上がった気がした。


 夜なのに明るい。

 いや、明るいというより、

 光が多すぎて、暗さが隠れている街だった。


 ネオン、看板、呼び込みの声。

 どれもが少し大きく、少し近い。

 耳も目も、落ち着く場所を失っていく。


 新宿に来たことはある。

 歌舞伎町も歩いたことがないわけじゃない。

 それでも俺は今日、

 初めてこの街に来た気がしていた。


  後輩から送られてきた住所のビルの前に立つ。

 外壁には、後輩と数人のキャストの宣材写真。

 それぞれの写真の下には

 《月間〇〇〇〇万円Player》

 そんな文字が並んでいる。


 現実が、急に重くのしかかる。


「お疲れ様っす。五年ぶりくらいっすね」


 声をかけられて振り返ると、

 夜なのにサングラスをかけた後輩が立っていた。


 その違和感には触れず、俺は言った。


「久しぶり。

 いきなり変な話して悪かった。

 でも、誘ってくれてありがとう」


 感動の再会も束の間、

 そのまま店内へ案内される。


 エレベーターの中で、

「私服でよかったんすよ」と言われ、

 スーツを選んだ自分が、急に恥ずかしくなった。


 扉が開くと、外の喧騒は一気に遮断される。

 そこは、まるで王宮だった。


 黒く、ごつごつした門扉。

 真っ赤なカーペット。


 その中央を堂々と歩く後輩の、三歩後ろ。

 俺はなるべく端を、肩をすぼめてついていく。


 キャッシャーの前で、

 スーツ姿のボーイが会釈をした。


「この人、俺の先輩です。今日は見学で」


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 案内されたソファー席。

 すでに店は営業中だった。


 眩い店内。

 だが、思っていたより静かだ。


 笑い声はある。

 けれどどこか計算された音量で、

 空間全体がコントロールされている。


 フロア中央のステージを見て、

 ここで何かやるのか、と考えていると――


「はじめまして!

 レイさんの後輩の北斗ホクトです!」


 そうか。

 あいつは、ここでは麗なのか。


 俺は人見知りではない。

 それでも、初めてだらけのこの空間では、

 言葉が慎重になる。


 後輩は入口でボーイと別れてから姿が見えない。


「あの……麗さんは?」


「準備してるだけっすよ!

 すぐ来ます!」


 準備。

 そう思いながら待つが、

 二十分ほどが過ぎていた。


 見学とは言われたが、

 今の俺はただ、

 後輩の後輩と、気まずさを埋める会話をしているだけだ。


 その時だった。


 ステージ奥の赤いカーテンが、

 音を立てて割れた。


 そこから現れた男を見て、

 一瞬、誰かわからなかった。


 整えられた髪。

 薄く施された化粧。

 空気を引き連れるような歩き方。


 それはもう、

 俺の知っている後輩ではなかった。


 完璧な――

 麗さんだった。


 本物だ。

 俺の後輩は、

 この街で、本物になっていた。


「どうっすか。

 店の雰囲気、伝わりました?」


 正直、何もわかっていなかった。

 周りを見ても、

 自分は違和感でしかない。


「……きれいなところだね。

 ここで働けたら、楽しいだろうね」


「ぜひ!

 うちにいない雰囲気なんで!

 すぐ指名取れますよ!」


 北斗が前のめりで割って入る。

 その熱量が、少し怖かった。

 悪徳な勧誘に似ている。


 冷静に考えようとする。

 勝算は、ない。


 見渡せば、イケメンだらけ。

 身長も平均的な俺が、

 ここで何を武器にするというのか。


 それでも――

 帰るという選択肢は、

 もうどこにもなかった。


「……考えさせて」


 そう言った声は、

 自分でも驚くほど小さかった。


 麗は一瞬だけ、俺の顔を見て、

 そして、笑った。


「大丈夫っすよ。

 名前だけ、決めときましょう」


「……名前?」


「源氏名です。

 ここでは、

 本名で生きる人、いないんで」


 その言葉に、

 胸の奥が少しだけ、冷えた。


 音楽をやっていた頃、

 名前は、

 自分そのものだった。


 ここでは、

 それすらも、置いていくらしい。


「……奏楽そらで」


 自分でも、

 なぜその名前を選んだのかはわからなかった。


「いいっすね。

 じゃあ今日から、奏楽さんで」


 そう言って、

 後輩はあっさりと、俺を切り替えた。


 その瞬間、

 何かが終わった気がした。


 同時に、

 何かが始まってしまった気もした。

よんでいただきありがとうございます。

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今後とも長いおつきあいをよろしくお願いします。

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