エピソード9 優しさ
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
みくのスマホが、
小さく震えた。
画面を見る。
一瞬で、
表情が変わる。
「……担当から」
声が、少しだけ上ずった。
メッセージを、
読み上げる。
「どうして、
今日は早く帰ったの?
仕事終わったら、会える?」
さっきまで、
この席にいたみくとは、
別の人みたいだった。
目の焦点が、
スマホの向こうに行く。
その瞬間、
はっきり分かった。
もう俺のことは見えて居ない。
――俺は、
いらない。
今この時間、
この席に必要だった役目は、
もう終わった。
「……いきなよ」
それしか、
言えなかった。
引き止める理由も、
権利もない。
みくは、
一瞬だけ迷ったフリをして、
小さくうなずいた。
「……ごめんね」
謝る必要のない言葉を残して、
席を立つ。
背中を、
見送る。
テーブルの上には、
溶けかけの氷と、
飲みかけのグラス。
それだけが残った。
――これは、
チャンスだったのか。
考える。
どうしたら、
みくは
担当のところに戻らずに、
ここにいられたのか。
優しさか。
言葉か。
覚悟か。
違う。
足りなかったのは、
全部だ。
実力。
経験。
時間。
営業が終わったあと、
麗に聞いた。
「……こういう時、
どうするの?」
麗は、
少し考えてから言った。
「人の気持ちって、
三か月しか持続しないんすよ」
三か月。
「だから、
三か月前後で一回、突き放す」
軽い口調だった。
「で、
また引き戻す」
当たり前の理屈みたいに。
「そうやって、
“気持ちの再確認”
させるんす」
言葉が、
冷たく響く。
「もちろん、実力があれば」
一拍置いて、
続けた。
「このタイミングで、
自分のほうに流れ作れますよ」
俺は、
何も言えなかった。
「でも」
麗は、
俺を見た。
「今の奏楽さんには、無理っす」
否定でも、
責めでもない。
事実だった。
あの席で、
俺にできたことは、
“一緒にいる”
だけだった。
それは、
悪くない。
でも、
足りない。
夜の街は、
優しさだけで
人を留めてはくれない。
ネオンの下で、
俺は立っていた。
何もできなかった、
という事実だけを、
胸に残して。
これも、
経験だ。
そう思わなきゃ、
前に進めなかった。
麗は、
少しだけ間を置いて、
続けた。
「勘違いしがちなんすけど」
声は、
いつもと変わらない。
「優しさだけが、
ホストじゃないっすよ」
その言葉が、
胸に落ちる。
「優しくするのは、誰でもできる」
俺を見る。
「でも、
相手の気持ちを
動かすのは、別」
動かす。
「居心地がいい、
だけじゃ足りない」
淡々と、
言葉を選ばずに言う。
「また来たい理由を
作れないと、残らないっす」
昨日の席が、
頭に浮かぶ。
泣いていたみく。
一緒にいた沈黙。
楽そうだった呼吸。
でも、
最後に選ばれたのは、
俺じゃなかった。
「優しさは、
入口にはなるけど」
麗は、
少しだけ肩をすくめる。
「出口までは、
連れていけない」
その言葉で、
はっきりした。
俺がやっていたのは、
寄り添うこと。
でも、
導くことじゃなかった。
「奏楽さんは、
優しいと思うっすよ」
それが、
一番きつかった。
「だから、
次はそこに、何を足すかっすね」
足す。
技術か。
言葉か。
覚悟か。
答えは、
まだ分からない。
でも、
一つだけ、
確かだった。
優しさだけでは、
選ばれない。
それを、
初めて、
ちゃんと理解した夜だった。
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