第8話 ティリアが森に来た理由
ティリアは語る。
疫病に苦しむ村、母の命、そして伝説の“生命の草”。
彼女が森へ足を踏み入れたのは、絶望ではなく、
たったひとつの“希望”のためだった。
第8話 ティリアが森に来た理由
朝の霧が薄く漂い、森の奥から鳥の声が聞こえる。
洞窟の中では、焚き火の残り火がまだわずかに赤く光っていた。
ゆうは火の前で木の枝を削っていた。
横ではクロがのびをして、欠伸をしている。
その隣に、ティリアが座っていた。
毛布を肩にかけ、どこか遠くを見るような表情だ。
「……昨夜は眠れたか?」
ゆうの問いに、ティリアは少し間を置いて頷いた。
「うん。あったかかった。……夢も見なかった」
だが、その声はどこか沈んでいた。
ゆうは静かに枝を置いた。
「なぁ、ティリア。昨日、魔物に襲われたって言ってたよな。
……どうしてこんな危ない森に、一人で来たんだ?」
ティリアの指先が、焚き火の灰をいじるように動いた。
しばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……わたし、王都の南にある《リディアの村》の出身なの」
「村、か」
「うん。山に囲まれた小さなところ。
……でも、ある日“疫病”が広がったの」
ゆうは目を細めた。
「村の人が次々に倒れて、治せる薬がなくて……。
最初に倒れたのは、お母さんだった」
ティリアの声が震えた。
「神官様の薬も効かなくて、もう助からないって言われた。
でも、噂があったの。
“黒獣の森”の奥には、どんな病も癒やす《生命の草》があるって……」
ゆうは黙って聞いていた。
クロもじっとティリアを見ている。
「村の人たちは『行くな』って止めた。
でも、何もしないで見てるのが怖くて……」
ティリアは握りしめた手を膝の上で震わせた。
「森に入って、魔物に追われて……
もうだめだって思ったときに、あなたがいたの」
そう言って、微笑もうとしたが、目に涙が滲んだ。
ゆうはしばらく何も言わなかった。
焚き火の火がパチッと弾ける音が、やけに大きく響く。
「……そうか。あの森を一人で……」
ティリアは小さく頷いた。
「お母さん、まだ生きてるかもしれない。
だから、帰らなきゃ。でも……森を出る道がわからないの」
ゆうは腕を組み、しばらく考え込んだ。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「その《生命の草》ってやつ、見つけりゃいいんだな」
「えっ……?」
「どうせ俺も、この森から出るあてもない。
だったら、探してみるさ。お前のお母さんを助けるために」
ティリアの目が見開かれた。
「でも、危ないよ……!」
ゆうは笑った。
「もう危ないも何も、俺はここに落っこちてきた時点で人生リセットだ。
だったら少しくらい、人助けしてもバチは当たらん」
ティリアの頬を、一筋の涙が伝った。
「……ありがとう。ほんとに、ありがとう……」
クロが鼻を鳴らし、二人の間に顔を突き出した。
ゆうが苦笑してその頭を撫でる。
「よし、クロ。明日は森の奥を少し探してみようか」
森の外では、風が柔らかく木々を揺らしていた。
洞窟の中には、炎と三人の影が静かに寄り添っていた。
彼女の願いを知ったゆうは、初めて“誰かのために動こう”と決意する。
次回、第9話「生命の草を探して」。
ゆうとクロ、ティリアの三人が、黒獣の森の奥へ踏み出す──。




