第44話 ティナの事情
第44話 ティナの事情
ティナが眠りについた後、
ゆうとリュシアは少し離れたところで焚火を見つめていた。
「……ゆう。彼女、ただの迷子ではありませんね」
リュシアが静かに言う。
「まあ……追われてるって言ってたしな」
「しかも“一族に”です」
ゆうはその言葉を思い返す。
ティナの瞳には、怯えではなく――
諦めに近い影があった。
(あれは……長い時間、追い詰められてきた目だ)
焚火の音がぱちりと弾けた。
リュシアは腕を組んで続ける。
「森狼族は、獣人の中でも特に誇りが高い種族です。
そんな彼らが“追う”のは……ただの勝手な逃走者ではないはず」
「じゃあ……ティナが特別ってことか?」
「ええ。理由はまだ話してくれませんが」
リュシアはゆうを見た。
「ゆう。深入りしてはいけないと思いますか?」
ゆうは少し考え――首を振った。
「……いや。ティナを置いて逃げるのは無理だな」
「やはり、そう言うと思いました」
リュシアはわずかに微笑んだ。
その笑顔は、少し誇らしげだった。
⸻
しばらくして、ティナが目を覚ました。
「……ここは……?」
「聖域。お前は今、安全だよ」
ゆうがそっと答える。
ティナは体を起こそうとして、
すぐに顔をしかめてベッドに倒れ込んだ。
「まだ休め。無理すんな」
「……うん」
ティナは視線をゆうとリュシアに向け、
小さな声で言った。
「さっきは……助けてくれて、ありがとう」
「礼はいらねぇよ。
困ってるやつを見て放っとくほど、俺は冷たくない」
その言葉にティナの耳がくいっと動いた。
「……変なの。
人間は、獣人なんて最初に疑うのに」
「リュシアは人間じゃないし、俺も……まあ“変”らしいし」
「そういう意味じゃない!」
急に反応したティナに、ゆうとリュシアは思わず笑う。
ティナは少し恥ずかしそうに視線をそらした。
「……本当に、助けるつもり、なの?」
「当たり前だって言っただろ」
「でも……巻き込んじゃう……」
「巻き込まれてから考える。
まずはお前を治すのが先だ」
ティナは唇を噛みしめたまま、
ゆうを強く見つめる。
「なんで……そんな風に言えるの?」
ゆうは答えられず、
ただ静かに彼女の目を見返した。
沈黙が落ちる。
するとティナはため息をひとつつき、
ゆっくりと話し始めた。
「……森狼族は、
昔から“群れ”を大事にする種族」
「群れ?」
「うん。
家族っていうより、“群れで一つの生き方”って感じ」
ゆうは黙って聞く。
ティナは少しだけ目を伏せて続けた。
「私は……群れから“外れた”。
理由は……言えない。
言ったら……あなたたちまで危なくなる」
その声は、震えているわけではなかった。
ただ、何か重い決意を抱えているように聞こえた。
リュシアが優しく口を開く。
「ティナ。すべて話さなくていいですよ。
話したくなった時で」
ティナの瞳が揺れた。
「……どうして、そんなに優しいの?」
「ゆうが優しいから、です」
「わ、私は……!」
リュシアは微笑んだまま、首を振った。
「あなたを責めるつもりはありません。
ただ、ゆうなら――必ず守ります」
ティナは言葉を失った。
ゆうも照れくさそうに肩をすくめる。
「まあ……俺は、守りたいって思ったから助けただけだよ」
ティナは静かに目を閉じる。
「……逃げないんだね」
「逃げても意味ねぇしな」
短い会話だったが、
それだけでティナの肩からほんの少しだけ、力が抜けていくのが分かった。
⸻
その時、クロが森の奥へ向かって低く唸った。
リュシアが即座に立ち上がる。
「ゆう……気配が近づいてきます」
「獣人か?」
「おそらく同族。しかも……複数です」
ティナの顔色が一瞬で変わった。
「……やっぱり、追ってきた……!」
ゆうはティナの肩に手を置く。
「ティナ。ここは聖域だ。簡単には入れない」
ティナは震える声で問う。
「……本当に、守れるの?」
ゆうは迷わず答えた。
「守るよ。絶対に」
ティナはゆっくりと頷いた。
ゆうの言葉を――信じたように。
そして、聖域に緊張が走る。
森狼族が近づいている。
ゆうの新たな力が、
初めて試される時だった。




