第43話 聖域の庇護
第43話 聖域の庇護
ティナを抱えたまま森を歩くと、
彼女の身体が思っていた以上に冷えていることが分かった。
「……軽いな」
「栄養も落ちていますね。体温がかなり低いです」
リュシアが心配そうにティナの額へ手を当てる。
ティナは微かに目を開け、
クロを見つめるように呟いた。
「……黒獣が……人と一緒に……」
ゆうは静かに歩きながら答える。
「クロは仲間だよ。俺が守るし、俺も守られてる」
ティナは不思議そうにまばたきをしたが、
それ以上言葉を続ける余裕はなさそうだった。
⸻
聖域に戻ると、世界樹の若木が柔らかく揺れ、
薄い光が足元に散る。
「……ここ、あったかい」
ティナが呟くように言った。
ゆうもこの場所の気配がいつもより穏やかだと感じた。
「ティナ、とりあえず身体を横にしような。倒れそうだ」
「……うん」
ゆうは木造りのベッドにそっと彼女を寝かせる。
ティナの耳がかすかに動き、
リュシアが近づくと一瞬怯えた目になる。
「……なにするの、あなた……」
「治療です。安心してください。私は敵ではありません」
リュシアは静かに手をかざし、薄い治癒魔法を流す。
大きな効果はないが痛みを和らげるくらいはできた。
ゆうも瓶を取り出し、
金色のポーションをほんの少しだけ布に染み込ませる。
「ティナ、これ使う。傷に触れるとちょっと光るけど、痛くはない」
「……あの光る薬」
「そう。さっき見たやつ」
ティナは迷ったようにゆうを見上げる。
「……本当に、痛くない?」
「怖かったらすぐやめる。無理させねぇよ」
ゆうの声があまりにも普通で、
あまりにも優しくて――
ティナは観念したように腕を差し出した。
ゆうがそっと塗布すると、
ぽうっと淡い光が広がり、
裂けた皮膚がみるみる塞がっていく。
ティナは息を飲んだ。
「……すごい。こんなの、見たことない」
「俺も見たことねぇよ。朝突然こうなったんだ」
「ゆう……自分でも、どういう薬かわからないの?」
「わからん。けど、治るだろ?」
「……うん。治る……」
ティナの目が少しだけ柔らかくなった。
⸻
治療がひと段落した頃、
ティナはゆうに問いかけた。
「なんで、助けたの……?
あなたたち、人間でしょ」
ゆうは少しだけ考え、率直に答えた。
「そりゃ……困ってるやつ見たら助けるだろ。
人間とか獣人とか関係ねぇよ」
ティナはまばたきを一度し、
その言葉を噛みしめるように胸に手を当てた。
リュシアが横で微笑む。
「ゆうは、そういう人です」
「……変わってる」
「よく言われる」
ゆうとティナが目を合わせ、
かすかに笑いが生まれた。
ただ、ティナはすぐに表情を引き締める。
「……でも、危ないよ。
私をかくまったら、あなたたちも狙われる」
「狙うって、誰が?」
ティナは唇を噛んだ。
「……森狼族。
……私の一族」
ゆうとリュシアは視線を交わす。
ティナは続けた。
「私は――“外へ出るな”って言われてたのに、逃げ出した。
見つかれば、連れ戻される。
あなたたちも巻き込まれる……」
ゆうはそれを最後まで聞かず、あっさり言い切った。
「ここは聖域だ。
誰にも入らせねぇよ」
ティナが目を見開いた。
「……聖域……?」
「この森は俺とクロが守ってる。
リュシアもいるし、簡単には踏み込めない」
「本当……に?」
「ああ。本当だ」
ティナの瞳が震え、
ようやく涙がひと粒、頬を伝った。
「……そんな場所、本当に……あるんだ……」
ゆうは静かに頷いた。
「ティナ。ここで休め。
追われてるならなおさら、今は動くな」
ティナはゆっくりと目を閉じる。
「……ありがとう。
ゆう……リュシア……クロ……」
クロはティナの枕元に座り、静かに見守った。
世界樹の光が、
眠りに落ちる少女を優しく包み込む。
こうして――
聖域に“二人目の住人”が加わる瞬間だった。




