第40話 朝露の約束
第40話 朝露の約束
聖域の夜は静かだった。
世界樹の光がおさまり、焚火だけが赤く揺れている。
ゆうとリュシアは火の前に座り、これまでのように距離を取ることはしなかった。
ほんの少し肩が触れる距離。
それだけで鼓動が落ち着かなくなる。
リュシアがそっと袖をつまんだ。
「……ゆう。今夜は……離れたくありません」
ゆうは驚かず、その手を優しく握り返した。
「俺も。リュシアのそばにいたいよ」
リュシアの瞳が揺れる。
少し不安を帯びた光なのに、確かな決意が宿っていた。
「あなたが光に包まれたとき、胸が痛くて……。
ああ、私は……本当に、あなたを失いたくないのだと……気づきました」
「俺も同じだよ。
リュシアに来てほしくない未来なんて、ひとつもない」
焚火の音がぱちりと鳴る。
世界樹の若葉が、風もないのにそっと揺れた。
リュシアは顔を上げ、ゆうの名前を呼ぶ。
「……ゆう」
「ん?」
「あなたが、好きです」
短く、けれど迷いのない言葉。
ゆうは自然に彼女の頬へ手を伸ばし、そっと包んだ。
「俺も、リュシアが好きだ」
距離が縮まる。
呼吸が重なる。
ふわりと風が吹き、世界樹の枝が微かに音を立てた。
その瞬間、ふたりの唇が優しく触れ合う。
深くではなく、静かに、確かに。
けれど、心が重なっていくには十分だった。
リュシアは驚いたように目を瞬き、それからゆっくり目を閉じた。
彼女の手がゆうの胸元を掴む。
「……ゆう」
「大丈夫。俺がいるよ」
ゆうが寄り添うと、リュシアは胸元に額を預けた。
体温がふわりと重なり、鼓動がひとつのリズムを刻んでいく。
言葉ではなく、ただ互いを求める気持ちだけが伝わっていく。
世界樹の光が再びわずかに瞬き、
ふたりを包むように淡い輝きを散らした。
その夜、ふたりの心は静かに寄り添い――
やがて、自然とひとつになった。
行為そのものではなく、
ただ想いが重なり、温もりを分かち合うように。
この夜を境に、
ふたりは確かに恋人になった。
――そして朝。
ゆうは、柔らかな光に目を開けた。
腕の中に、銀色の髪。
胸元に、そっと触れたままの細い指。
穏やかな寝息がちいさく聞こえる。
「……リュシア」
ゆうが囁くと、彼女はゆっくり目を開いた。
「……ゆう……おはようございます」
まだ眠たげで、どこか恥ずかしそうな微笑み。
ゆうが動くと、リュシアは慌てて布を直しながらも逃げずに言った。
「……昨夜のこと、後悔していません」
「俺もだよ」
「っ……! そ、そういう言い方は……ずるいです……」
頬を赤くしながらも、彼女は寄り添ってくる。
世界樹の若葉が朝日に光り、
その光がゆうの身体に優しく触れる。
と、その瞬間――
「……ん?」
胸の奥から温かい力が湧き上がってきた。
まるで身体の芯が新しく生まれ変わるような感覚。
リュシアが気づき、そっとゆうの手を握った。
「……世界樹が、あなたを選びました。
昨夜……気持ちが重なったからこそ得られた力です」
「そうか……」
ゆうは深く息を吸う。
確かに、身体が軽い。若返りが自然に、完全に定着したのがわかった。
リュシアは幸せそうに微笑んだ。
「……これからも、あなたの隣で生きたいです」
「もちろん。ずっと一緒にいよう」
朝の風が吹き、ふたりの髪をやさしく揺らした。
聖域は今日から――
ふたりにとって“新しい朝”となった。




